長岡謙吉 - 坂本龍馬の盟友・都内の墓地にひっそりと眠る

長岡謙吉墓

[ 東京都港区芝大門・安養院 ]


坂本龍馬の海援隊で文官として活躍し、慶応3年(1867)に夕顔丸船中にて坂本龍馬の大政奉還後の構想『船中八策』を起草した事でも知られちょります。

また、坂本龍馬が暗殺された後、海援隊の2代目隊長としても活躍しちょりますね。

長岡謙吉の祖父・今井秀誠の妻は、坂本龍馬の継母・伊予さんの父・北代平助の妹になりますき、親戚であり海援隊でも盟友じゃったがです。

それと坂本龍馬の師の一人と言っても過言ではない河田小龍とは生家が隣近所じゃった事もあるろーけんど、幼少期に蘭学を学んじょりますね。

それにしても河田小龍先生も多くの偉人たちを幕末の歴史の中に送り込んじょります。


その長岡謙吉の顕彰碑が近く建てられるそうながです。

行政は史跡保存にゃあんまり積極的じゃないけんど、民間レベルで忘れ去られつつある歴史の穴埋めをし、記憶と記録に残して行く事はエエ事ですねー。

『長岡謙吉の顕彰碑計画 高知市の生家近くに』
高知新聞 2013年02月02日版

坂本龍馬と共に幕末期に活躍した長岡謙吉を顕彰しようと、高知りょうまライオンズクラブが高知市内の生家跡近くに碑の建立を計画している。
実際の生家跡は料亭の敷地内となるため、近くの幡多倉公園に顕彰碑を建て、生家の位置も明示する。
今月28日に東京都から謙吉の子孫も参加して除幕式を行う予定・・・。

関連記事

  



0 Comments

Leave a comment