武市甚七 - 土佐の左甚五郎と称され高知城の「波の欄間」を彫る

高知城懐徳館の波の欄間

[ 高知県高知市塩屋崎 ]


高知城の本丸御殿の中に写真のような欄間がある。

『高知城修理報告書』にゃ「波形刳貫き欄間」とあるけんど、「打ち分けの波の欄間」、通称「波の欄間」と呼ばれちゅうがでして、土佐の黒潮の波を模っちゅうがじゃそうです。

作者は土佐の左甚五郎とも言われちゅう「武市甚七」さんながです。

武市甚七は明和9年-安永元年(1722)に生まれちょります。
竹篭細工を業としたが、彫刻が巧みで土佐の左甚五郎と言われた。
土佐藩第4代藩主・山内豊昌の根付を彫り、高知城の欄間を彫った功により、苗字を許されたがじゃそうです。
また、昔、高知城下にも山車の台上に人形や歌舞伎の場面を飾りつけた花台と呼ばれる豪華なものがあったがじゃそうですが、武市甚七が天明年間(1787-1788)頃に八百屋町の花台に久米仙人の彫刻を飾り、世人を感嘆させたともある。
安永5年(1777) 55歳で没。

【参考・引用】 『土佐の墓』 山本泰三・著


武市甚七墓


[ 注意! ]
■ 墓探しで山に入る場合 は、季節によっては、マムシ(ハミ)・ヤマダニ・ヤマヒル・イノシシ・ハチ等に気を付けて下さい。
■ 特に3~12月頃の暖かい時期に山や藪に入る場合、マムシ(ハミ)には御注意の事!
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1 Comments

ねえやん へ">

ねえやん へ  

Re: タイトルなし

ねえやん へ">

「高知城内にある欄間と同じものであり、鯨と黒潮の波をモチーフにしている」そうです。

浜幸 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%9C%E5%B9%B8

2013/02/04 (Mon) 23:35 | ねえやん へさん">REPLY |   

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