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金毘羅神社 - 口伝じゃ金毘羅神社の始まりはここからになると・・・

オンチャン(とさっぽ)

尾頭の金比羅神社

[ 高知県高知市五台山尾頭 ]


琴平神社 - 684年の白鳳大地震で沈んだ黒崎之宮を再建・遷座 2011-06-17
与太咄話じゃとして書いた、讃岐の金比羅山より古いとの口伝が残っちゅう金比羅山が、この高知市の五台山の尾頭地区に鎮座しちょります金比羅神社ながです。

屋頭地区のほぼ中央南の石段を百段余り上がり、田所神社の前を通り右に折れ少し行くと右手に大石を積み上げた高さ1メートル余りの塀に囲まれて、奥行き18メートル、間口9メートルで境内の正面に鳥居があり、さらに参道を8メートル余り進むと、4メートルx4メートルのお社が鎮座している。
祭神は「大物主之命」と言われ神亀元年(724)の僧行基が竹林寺を開基された際、鬼門を守意味から遷座せられたものと言われている。
祭日は、3月、10月の各10日で、昔から屋頭地区民に尊敬され、代々よく管理されてきた。
十市の金毘羅はこの神社の神霊を分け移し、讃岐の金毘羅神社は十市の金毘羅から分け移したと言う極めて雄大なる口伝が残っている。

【参考・引用】 NPO 牧野の森 - 五台山案内「金毘羅神社」


讃岐の金比羅山の由緒にゃ二説ある。

一つは、大物主命が象頭山に行宮を営んだ跡を祭った琴平神社から始まったと言う説じゃけんど創建は不詳。

もう一つは、もともと象頭山にあった真言宗の松尾寺に金毘羅が鎮守神として祀られており、大宝年間に修験道の役小角(神変大菩薩)が象頭山に登った際に天竺毘比羅霊鷲山(象頭山)に住する護法善神金毘羅の神験に遭ったのが開山の縁起との伝承から、これが金毘羅大権現になったとする説。

むしろ後の説の方が信憑性があるように思うし、時代は701-704年頃の話ながです。

一方、こちらも伝承じゃけんど、十市の金毘羅神社は天武天皇一二年(684)の白鳳の大地震以前には既に、海底に沈んだ黒崎之宮に金毘羅神社があったとされちゅう。

まあ、どっちが先じゃ後じゃとか言う事を言いたいがじゃのうて、讃岐の金比羅山も、黒崎之宮にあったとされる金毘羅神社も大体同時代と言うお話。

そう言う話の流れの中に、ここ五台山にある金比羅山が最初で、ここの神霊を分け移したのが黒崎之宮にあったとされる金毘羅神社。

それが白鳳の大地震で土佐湾に消え、現在の地に再建・遷座したのが十市の金毘羅神社。

更に、十市の金毘羅神社から神霊を分け移したのが讃岐の金比羅山(金毘羅大権現)じゃと・・・。

象頭山松尾寺の縁起によれば、大宝年間に修験道の役小角(神変大菩薩)が象頭山に登った際に天竺毘比羅霊鷲山(象頭山)に住する護法善神金毘羅(宮比羅、クンビーラ)の神験に遭ったのが開山の由来との伝承から、これが象頭山金毘羅大権現になったとされる。
象頭山金毘羅大権現は、十一面観音菩薩を本地仏とした。
クンビーラ(マカラ)は元来、ガンジス川に棲む鰐を神格化した水神で、日本では蛇型とされる。
クンビーラ(マカラ)はガンジス川を司る女神ガンガーのヴァーハナ(乗り物)でもあることから、金毘羅権現は海上交通の守り神として信仰されてきた。

【参考・引用】 金毘羅権現 - Wikipedia


それと

海上交通の守り神とされるのは、古代には象頭山の麓まで入江が入り込んでいたことに関係があるとされるとの説があるが、縄文海進での海面上昇は5m程度であり、大物主命が「海の彼方から波間を照らして現れた神」であったことに由来すると考えるほうが妥当である。

【参考・引用】 金刀比羅宮 - Wikipedia


ともあるけんど、そう言う話になると昔の五台山は浦戸湾に浮かぶ島で神社の下は海じゃった。

クンビーラ(マカラ)神がインドから来たのであれば、黒潮に乗って北上し瀬戸内に入るよりも、土佐湾に流れ着いたと考える方が理に適うちゅうように思うけんどねー。

まあ、誰も見た訳じゃないき真実は判らんけんど、ロマンのあるお話ですろー。

尾頭の金比羅神社


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Posted byオンチャン(とさっぽ)

  



Comments 2

There are no comments yet.
とおりすがり  

たまたまブログを拝見しましたがこちらから讃岐へ勧請云々というのは大変興味深い話ですね。
讃岐象頭山の神が「金毘羅大権現」として信仰が広まったのは資料学的には江戸時代(1600年台)になってからです。それ以前に「金毘羅大権現」は出てきません。
ちなみに「もともと琴平神社」云々は明治時代の神仏分離以降、江戸時代の国学者の著作を基に創作されたもので、事実であることを証明する資料はありません。

かの崇徳天皇由来の社寺であろうと平気で焼き払った長宗我部氏がなぜか松尾寺には手厚く寄進しています。これが不可解です。なぜならまだ「金毘羅権現の社」として有名な山ではなかったので。
その他、長宗我部が別当を任命したり、長宗我部家臣が塔頭の長となったりと松尾寺と長宗我部氏の関係は深まっていきます。
さらには長宗我部との繋がりから、金毘羅信仰の布教を土佐では自由にできたという話もあったりしますし、
むしろ長宗我部氏が「金毘羅大権現」の登場と深く結びついていたのではないかとすら思えます。

こちらの高知の金比羅社の江戸時代以前の話などが記された文書があれば読んでみたいですね。今後、驚きの事実が出てくるかも知れません。

2018/04/09 (Mon) 02:41 | EDIT | REPLY |   
北さん  

いつもありがとうございます。
今日の地元の金比羅さんに関連するお話興味深く読ませていただきました。

「十市の金毘羅さん(とおちのこんぴらさん)」等、色々検索してみました。
土佐弁で語っているブログでした。
http://blog.goo.ne.jp/nagomian753/e/f95ec7da596eab3d91c385938a450f61

2013/02/03 (Sun) 10:42 | EDIT | REPLY |   

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