安藝喜代香 - 母の姉は坂本龍馬の兄・権平さんの後妻

安藝喜代香墓

[ 高知県高知市小石木町・小石木頂上付近 ]


坂本龍馬の兄・権平さんは3人の奥さんを迎えちょります。

最初は、土佐勤王党血盟同志でもある河原塚茂太郎の姉・千野さん(安政5年7月10日没 38歳)。

二番目(後妻)が、大石文慶の娘・直さん(万延元年8月25日没 37歳)。

三番目(後妻)が、福富倉丞の娘・仲さん(明治26年3月24日没 64歳)になるがです。

その仲さんの妹・錠さんが嫁いだのが安藝市郎で、生まれた子供が安藝喜代香になるがです。

ですき血縁関係はないけんど、坂本龍馬の坂本家とは親戚になるがです。

この安藝喜代香は、桂浜にある「坂本龍馬彰勲碑」に親族の一人として名を刻んじょります。

坂本龍馬彰勲碑 - 桂浜で坂本龍馬像と共に観て欲しい石碑 2010-11-18

また高知城の追手門傍にある山内一豊像の「藩祖銅像建設之記」にも発起人の一人として名もあるし、高知城上り口脇にある板垣退助像の建立にも関わった人物ながです。

藩祖銅像建設之記 - 発起人の一人に寺田利正の名が 2010-08-04

安藝喜代香記念碑・表

その安藝喜代香記念碑が墓所の脇にある。

表面には「本會業理事長 安藝喜代香君 功労記念○碑」

安藝喜代香記念碑・裏

裏面は「大正14年6月 板垣伯銅像記念碑建設同志会建」

安藝喜代香は安政4年(1857)に土佐郡杓田村(現・高知市)に生まれ、のち小高坂村に移る。
民権政社・獄洋社に属し、ついで立志社に入る。

獄洋社跡 - 自由民権運動の政治結社 2010-12-10
立志社跡 - 自由民権運動 2009-03-20

明治10年代には教職を務め、また県下民権運動のために挺身、明治14年の板垣退助の東北遊説にも随行。
明治20年(1887)三大事件建白のため同志と上京、保安条例にかかり石川島の監獄入り、明治23年(1890)高知に帰郷、県会議員に選ばれる。
土陽新聞(現・高知新聞の前進)主筆となり、日清戦争の従軍記者として活躍。
その後、高知県教育長等を務め、講演活動や出版活動等の社会教育に尽力し『土佐武士道』・『山内一豊伝』等の著書がある。
大正10年65歳で没。
安藝喜代香墓の左側の安藝小兎は奥さん。

【参考・引用】 
『高知県人名事典 新版』 高知新聞社
『土佐の墓』 山本泰三・著


因みに安芸喜代香の先祖は、長宗我部に滅ぼされた安芸国虎の次男・安芸家友で、落ち延びて土佐七色紙の祖となった成山三郎左衛門じゃとか・・・。


[ 注意! ]
■ 墓探しで山に入る場合 は、季節によっては、マムシ(ハミ)・ヤマダニ・ヤマヒル・イノシシ・ハチ等に気を付けて下さい。
■ 特に3~12月頃の暖かい時期に山や藪に入る場合、マムシ(ハミ)には御注意の事!
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