岡本真古 - 江戸時代後期土佐庶民文化の学術研究家

岡本真古墓

[ 高知県 高知市平和町 ]


岡本真古の『事物終始』の水車の条によると、元禄12年(1699)に堺町商人の桔梗屋新右衛門が北奉公人町の長泉寺境内の水路に水車を設けて、綿実をもって油を絞ったので、車瀬と名付け傍を流れる江ノ口川に架かる橋を「車瀬橋」と呼んでいる。

【参考・引用】 
車瀬の水車-高知市広報「あかるいまち」2000年3月号-
土佐史研究家 広谷喜十郎


現在、車瀬公園になっちゅう場所が、長泉寺のあった場所で、坂本龍馬らーが子供の頃に遊びよった場所の一つながです。

車瀬公園 - 少年時代の龍馬達の遊び場 2010-02-01

岡本真古(おかもと まふる)は晩年の名で、元は信古、通称・忠次郎と言い、安永9年(1780)に安芸郡安芸の浦(現・安芸市)の岡本岩右衛門の子として生まれた、国学者ながです。

文化元年(1804)25歳で父の代勤となり御浦下代、御浦廻定加役から、天保12年(1841)医学方役を、最後に退職するまで各方面にわたって能才を発揮し、天保9年(1838)には歩行格になった。

今村楽(いまむら たぬし)(国学者・歌人)に師事したが、谷真潮にも学んだと言われ、博識で江戸時代後期土佐庶民文化の学術研究家としてユニークな存在であった。

妻や嗣子らには先立たれ、晩年は悲惨だった。

安政3年77歳で没。

【参考・引用】 
『高知県人名事典 新版』 高知新聞社 刊
『土佐の墓』 山本泰三・著


谷垣守・真潮邸跡 - 谷家の学問が尊王思想を説く 2011-07-03

伊能忠敬の天文地形測量御用もつとめ、土佐に関する著作も多く、『事物終始』・『土佐海』や、慶長から天保期までの250年間に土佐で没した上下各層85名の伝記『土佐国畸人伝(全8巻)』等を残しちょります。

墓碑名は風雨で判読しづらくなっちょりますが、右が岡本真古墓で、左は奥さんの墓石ながです。


[ 注意! ]
■ 墓探しで山に入る場合 は、季節によっては、マムシ(ハミ)・ヤマダニ・ヤマヒル・イノシシ・ハチ等に気を付けて下さい。
■ 特に3~12月頃の暖かい時期に山や藪に入る場合、マムシ(ハミ)には御注意の事!
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