上岡薇峰 - 墓碑撰文は坂本龍馬の師の一人・河田小龍

上岡薇峰墓

[ 高知県 高知市 薊野 東真宗寺山 ]


上岡薇峰の墓碑の撰文は、坂本龍馬に開国の必要性や異国に追いつく事が日本のとるべき道だと説いた、師の一人でもある河田小龍ながです。

達筆な筆使いで書かれた河田小龍の文字が、墓碑に刻まれちょります。

上岡薇峰墓

上岡薇峰(かみおか びほう)は文化3年(1806)に幡多郡入野郷入野村(現・黒潮町)の医師・上岡良朔の二男として生まれ、薇峰は号。

早くから学を好み、13歳で入野を出、日根野鏡水、箕浦耕雨らに学び才名を著した。

京攝に遊学し、頼山陽らに学び土佐に戻り、伊野で家塾を開き教えたが、入野に戻り薇峰塾を開く。

門人が多く集まったが、安政の大地震の大津波で家が流され、門人たちも四散したので居を高知城下に移る。

山内容堂の知る所となり、その祐筆(文官)となり、かたわら森田梅礀の詩舎に参じ、土陽新聞(現・高知新聞)に執筆して文才を称された。

明治11年(1878) 73歳で没。

【参考・引用】 
『高知県人名事典 新版』 高知新聞社 刊 
『土佐の墓』 山本泰三・著




[ 注意! ]
■ 墓探しで山に入る場合 は、季節によっては、マムシ(ハミ)・ヤマダニ・ヤマヒル・イノシシ・ハチ等に気を付けて下さい。
■ 特に3~12月頃の暖かい時期に山や藪に入る場合、マムシ(ハミ)には御注意の事!
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