四ツ橋の記憶

昭和50年当時の四ツ橋周辺

【出典】 国土画像情報(カラー空中写真) 国土交通省


上の写真は昭和50年に撮影された堀川に架かっちょった四ツ橋の航空写真ながです。

[ 高知県 高知市 九反田・菜園場町付近 ]


昭和50年当時の四ツ橋周辺

昭和50年当時の木屋橋
[木屋橋の説明板より]

江戸時代、城下町の外堀に架橋された。
当時の呼称は菜園場橋。
明治以後は橋のたもとにあった豪商木屋の名で呼ばれた。

昭和50年当時の幡多倉橋
[幡多倉橋の説明板より]

貞享4年(1687)、菜園場農人町間の掘割が開通、掘割が交差した。
この後、掘割交差西側に架橋された。

昭和50年当時の菜園場橋
[菜園場橋の説明板より]

昭和5年(1930)、九反田中央卸売市場開設の年、掘割交差東側に架橋された。

昭和50年当時の紺屋橋
[紺屋橋の説明板より]

昭和6年(1931)、掘割交差南側に架橋され四ツ橋の形態が生まれ、以後この辺りは四ツ橋の名で親しまれたが、昭和43年(1968)埋め立てと共に姿を消した。

幕末期の四ツ橋図

【参考・引用】 堀川沿いのカルポート前に高知市が設置しているプレート写真より


丁度、現在のカルポート前の広場あたりじゃねー。

現在は広場の下は暗渠になっちょり、Topの写真で言うと菜園場橋下を流れる堀川と、木屋橋の下を流れる新堀川のみが繋がっちょります。

因みに、既に埋められちょりますが幡多倉橋からか西に延びちょった掘割沿いにゃ「はりまや橋」が架かっちょりました。

「はりまや橋」の下、堀川は流れちょった - 6 2009-04-03
「はりまや橋」の下、堀川は流れちょった - 1 2009-03-06

四ツ橋は、歴史的な景観の場所でもあったがです。


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