一宮大塚古墳 3 - 古墳のあったと思われる場所

一宮大塚古墳のあったと思われる場所

[ 高知県 高知市 一宮中町 ]


以前、ご紹介した「一宮大塚古墳」。

じゃー、何処にあったろーと思い、探してみたがです。

ヒントは、一宮大塚古墳 1 - 土佐神社・社格標の大石は古墳天井石の一部 2011.10.05でも記載しちゅうけんど、知り合いのNさんに戴いた『一宮未来に翔る - 一宮・高知市合併50周年記念誌』にあり、それを頼りに周辺を探してみたがです。

・・・国指定重要文化財の関川家のすぐ近くで土佐神社より西へ250メートルの国道32号線沿いに位置し、今も古墳の一部の大石や礫石が残っており、個人で大切に保存されています。
ここの周辺は、この大きな塚である古墳にちなみ「大塚」という地名が今も使われています。

【参考・引用】 『一宮未来に翔る - 一宮・高知市合併50周年記念誌』


一宮大塚古墳のあったと思われる場所
実際、行って探し回った所、写真のように数個の礫石がある場所を見つけたがです。

この石は、一宮大塚古墳 2 - 古墳天井石で架けられた橋を探いて 2011.10.12にも掲載しちゅう「太古橋」の両側の欄干4隅に置かれちゅう天井石と同じような礫石ながです。

周囲にゃ何の説明板などもなくあくまでも推測じゃけんど、この場所が元「大塚古墳」のあった場所じゃと思われます。

6~7世紀に造られたこの横穴式古墳は記録によると、石室の長さが6間(10.8メートル)もあり、県下でも最大級でありました。
豪華な馬具の出土品もあったとのことからも、県内屈指の大豪族の墓であったと思われます。
従って土佐一の宮である土佐神社の近くにあって、しかも大塚に葬られた人物ということは大和朝廷が土佐支配のために任命した国造(くにのみやつこ)の墓だと考えられています。

【参考・引用】 『一宮未来に翔る - 一宮・高知市合併50周年記念誌』


因みに「一宮大塚古墳」は一宮古墳群の二号墳でした。

『皆山集』より
一宮村大塚ノ寸尺、奥行凡六間、高サ凡七尺、広サ凡七八尺・・・笠ニ用石四ツ、外ニ一ツ、此分ハ先年一宮楼門前ノ橋に所用 

【参考・引用】 『日本歴史地名大系 高知県の地名』 平凡社

『皆山集』は、幕末の土佐藩士・松野尾章行(郷土史家)が土佐の旧事,逸話を集め編修した書物。
明治36年死去。68歳。


元の古墳の状態は判らんけんど、せめて「昔、此処に大塚古墳があった」と言う説明板でも置きゃエエにねー。


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