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天水分神社 - 御祭神の地水分尊とは国津神?

天水分神社

[ 高知県高知市春野町弘岡中 ]


この『天水分神社』の読みは、「あまのみくまり神社」と言い、決して「てんのすいぶん神社」と読みなよ・・・。

参道の両脇は池になっちょるがですが、拝殿側(北側)から荒倉山から染み出る湧水が出ちょります。

この湧水は、川と言うてもこんまい小川じゃけんど、中村街道を挟んで東は春野町広岡下の方へ、西側は伊予川と言う名の流れになって中村街道沿いに南下して、春野高校の辺りで春野あじさい街道沿いの用水路に繋がっちょります。

水分神とは、神道の神である。
神名の通り、水の分配を司る神である。「くまり」は「配り(くばり)」の意で、水源地や水路の分水点などに祀られる。
日本神話では、神産みの段でハヤアキツヒコ・ハヤアキツヒメ両神の子として天水分神・国水分神が登場する。
水にかかわる神ということで祈雨の対象ともされ、また、田の神や、水源地に祀られるものは山の神とも結びついた。
後に、「みくまり」が「みこもり(御子守)」と解され、子供の守護神、子授け・安産の神としても信仰されるようになった。

【参考・引用】 水分神 - Wikipedia


勧請された時期や由緒等は不明じゃけんど、地元じゃ「みずわけさま」と呼ばれちょるそうです。

祭神は「地水分尊」
古来当地域の崇敬神で、伊予川西権現と称した。

【参考・引用】 『高知県内二千二百余神社 鎮守の森は今』竹内荘市 著 飛鳥出版社


因みに、一番近いバス停が「権現」と言う名じゃけんど、この天水分神社 = 伊予川西権現があるからながですねー。

権現は日本の神の神号の一つ。
日本の神々は仏教の仏が仮の姿で現れたものであるという本地垂迹思想に基づいた神号である。
権という文字は「権大納言」などと同じく「臨時の」「仮の」という意味で、仏が「仮に」神の形を取って「現れた」ことを文字で示している。

【参考・引用】 権現 - Wikipedia


権現と呼ばれちょったのは、神仏習合(日本古来の神と外来宗教である仏教とを結びつけた信仰のこと。)の関係で、明治以降の神仏分離によって、元の『天水分神社』になったがでしょうか。

天水分神社

御祭神の「地水分尊」と言うのは国之水分神の事じゃと思うけんど、地上の水を分配する神さんながです。

ようは「天之水分神」じゃったらアマテラスやスサノウ等の高天原から天降った神さんの総称「天津神」じゃし、、「国之水分神」ならスサノウの子孫になる大国主命ら地に現れた神々の総称「国津神」になる。

つまりは大和朝廷によって平定された地域の人々が祀りよった神さんが「国津神」、大和朝廷側が祀った神さんが「天津神」なが・・・。

何が言いたいかと言うと、此処の神社は「国津神」を祀っちゅう事になると、素人考えじゃけんど神社名は只の「水分神社」でエエローと思うが。

それが神社名が「天水分神社」であるのに、御祭神は”天から降る雨水(天与の水)を分配する神”である天津神の天之水分神ではなく「国津神」だとしたら、土佐国一宮「土佐神社」の一言主神と大和朝廷の雄略天皇の関係に繋がるような気がしてしょうがないがです。

元は「天水分神社」で天津神の天之水分神を祀りよったけんど、何時からか御祭神が「国津神」の国之水分神にすり返られたと・・・・。

それに高知県にゃ「水分神社」は少ないけんど、奈良にゃいっぱいあるしねー?

最後は何時もの、支離滅裂な与太咄でしたが・・・(^^ゞ


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