鵜来巣山 - 斉明天皇の時代にゃ、すぐ近くまで海じゃった

鵜来巣山

[ 高知県高知市鵜来巣字ウグルス山 ]


この鵜来巣山は、以前にも後御紹介しちょりますが、再度掲載を・・・。

鵜来巣城址 - 本山一族の本山紀伊守の居城 2011.10.10

前回にも触れちゅうけんど、土佐じゃこの山自体が「斉明天皇」の御陵地(墓)じゃとされちょるのと、「朝日夕日さす椿の下に黄金千両漆七桶」と言う黄金伝承の残る地でもあるがです。

「黄金伝説」と「椿」とは、何か関係がありそう・・・。

まあ、本当か否かは判らんけんど何の根拠もなかったら伝承や伝説にゃならんと思うき、ロマンのある場所なが。

写真は、鵜来巣山の西側から撮影したもので、北側は土砂が削られ公園等も出来ちょりますが、そこから上にゃ登れんように柵が設置されちょり、今でも「不入の山」とされちょるようですねー。

今回、鵜来巣山の写真を載せたのは、古代、斉明天皇時代(655-661)の時代にゃこの鵜来巣山の南側に船着場があり、現在の神田川に架かる海老ガ橋辺りまで、浦戸湾が広がっちょったと言う事を書きたかったがためながです。

古代の浦戸湾(想像)

紀貫之が延長8年(930)1月に土佐守に遷任し、承平5年(935)2月に土佐守の任を終え帰洛した頃よりも更に280年程昔の浦戸湾は、現在の高知市の朝倉の周辺奥深くまで広がっちょったであろうと想像し、修正してみたがです。

【参考】史跡・竹島跡 - 浦戸湾七島の一つ 2011.07.07にある高知市教育委員会が立てた説明板をもとに




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2 Comments

おりがみ さんへ">

おりがみ さんへ  

Re: 朝倉まで・・

おりがみ さんへ">

今じゃ信じられないけど、今から約1300年以上前、現在の高知市街地の殆どが海の底だったんですねー。

2012/12/14 (Fri) 20:22 | おりがみ さんへさん">REPLY |   

おりがみ  

朝倉まで・・

びっくり・・。

2012/12/14 (Fri) 10:46 | REPLY |   

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