女躰神社 - もとは十市村の氏神様

女躰神社

[ 高知県南国市十市 ]


御祭神・櫛名田比賣神、相殿・豊玉姫神

里人は「にょたいさま」という。
女躰神社の発祥は、太古弥生時代の里人が拝み場として原始神から起こった。
明治元年辰三月の政府の改称令までは如躰大明神と記されていたが、女躰神社と改称された。
「如」の文字は神仏混合時代、本地仏が如意輪観音だったためだ。
この神社はもと十市村の氏神様でもあったが産土の新宮神社勧請後は古宮になったという。
ご祭神の櫛名田比賣神(奇稲田姫命)は八俣大蛇の人身御供にされたが須佐之男神(素戔嗚尊)に助けられ後結婚している。
田(稲作)と豊饒に関わり深い神で、女性神の中でも清洌な気品の高い婦徳の高い女神でもある。
相殿の豊玉姫神は、海の神でもあり、子宝の神でもある。
四国に女躰神社は数少ない。

【参考・引用】 女躰神社由緒書より


女躰神社

女躰神社

拝殿は、文久年間に新宮神社の新築時、移築されたモノと言われちょるそうです。

女躰神社

神社から、南には浜改田の砂丘が見える。

この砂丘は、東は高知龍馬空港の近くの南国市前浜から、西は十市にかけて東西に海抜5~10m位の砂丘が連なっちょります。

その南側は、土佐湾。

そして、その海に関わる伝承には、684年の白鳳大地震で沈んだ大陸があり「黒崎之宮」があったとされちゅう場所でもある。

琴平神社 - 684年の白鳳大地震で沈んだ黒崎之宮を再建・遷座

それに、近くには御祭神が素戔嗚命だとされちゅう「剱尾神社」もある。

剱尾神社 - 創建は500年以上も古く祭神はスサノウ(説)2011.06.23

また次の機会に掲載するけんど、この女躰神社と祭祀が一対となる神事がされちょったと言う伝承がある近くにある「新宮神社」は”十市皇女”伝承が残る場所でもあるがです。

此処いらも、何か知れん古代ロマンが封印されちゅう一帯のような気がするがです。


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2 Comments

B  

 武市安哉さんはキリスト教に改宗され北海道への高知からの移住を実行されてのですが、その志途上で亡くなりました。
 しかし、一緒に十市村から移住した私の家系は祖父の代で仏教徒に戻ってしまいました。

 近いうちに、御先祖様についてもっと知るために高知に行ってみたいと思っています。

2012/12/04 (Tue) 03:00 | REPLY |   
B さんへ">

B さんへ  

Re: タイトルなし

B さんへ">

コメントありがとうございます。

武市安哉さんは、武市半平太や坂本龍馬の親戚にもなる人ですねー。

2012/11/24 (Sat) 07:01 | B さんへさん">REPLY |   

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