双名島 - 悲しい鬼伝説の残る島

双名島

[ 高知県中土佐町久礼 ]


ここは、大正15年に土陽新聞(現・高知新聞)が当時、読者投票で選定した土佐十景の一つにもなっちょる、久礼の代表的な風景ながです。

大正9年(1919)大町桂月が久礼に来た時、この景色を見て書いた文章があるがです。

大小の懸隔(けんかく)甚だしき二見の浦の二岩を旧式の夫婦岩とすれば、大きさほぼ相同じき久礼浦の双名島は、新式の夫婦岩とも言うべくや。
相去ること百間ばかり、いずれも高さ十丈、下の周りは五十六間もあるべく、下の半身は骨を露し、上の半身は木立を帯びて、老松も少なからず。八幡祠頭よりみて、感歎に堪えず。

と・・・。

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島の名前は双名島(別名・比翼島)と言うがですが、それぞれに観音島(左)と弁天島(右)と言う名が付いちょり、写真じゃ判らんけんど島と島の間にゃ、こんまい烏帽子岩があるがです。

そんで、地元の漁師さんらーの漁業の安全と家族の安全を祈願するために、観音島にゃ観音さんが、弁天島じゃ弁天さんが祀られちょります。

この双名島にゃ、悲しい鬼伝説が残っちょります。

昔むかし、鬼ヶ島の鬼が、ある日、鉄棒の両端に大きな岩をつきさすと、全身に汗をかきながらこの久礼をさしてやって来た。
何でもその岩は、鬼ヶ島の門であったが、久礼の港口が荒れると聞いて、わざわざ持って来たのだ。
しかし、ここまで来ると、さすがの力自慢の黒鬼も、すっかり疲れてしまって、「おおの。」 と、うなり声をあげたまま、海の上にぶっ倒れた。
しかし、その時連れていた子鬼が、溺れそうになったのを見ると、我が子可愛さに最後の力をふるい起こし、子鬼をさし上げながら海の底に沈んでいった。
危うく助かった子鬼は、親の情けにさめざめと泣きながら、いつまでもその場を離れようとはしなかった。
かくして悲しみの幾年月かが過ぎて、遂にその子鬼は烏帽子の岩と化したのである。
だから両方の岩とも穴が開いているし、そこらあたりを大野といいうのだ。

【参考・引用】『中土佐町史料・久礼読本』


このお話にゃ、いろんなヴァージョンで語り告がれちょるようで、昔、TBSが放送しよった『まんが日本昔ばなし』でも取り上げられ、昭和52年9月24日『海に沈んだ鬼』と言うタイトルでも放送されちょります。


オンチャンが小学生の頃、遠足と言うたら、此処によう来よった。

それも須崎から片道約13Kmの道のりを、テクテク歩いて・・・・。

「遠足」と書くぐらいじゃき、歩くがが当然じゃろうけんどねー。

今見ても、子供の頃に見た懐かしい原風景の一つながです。


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2 Comments

おりがみ さんへ">

おりがみ さんへ  

Re: 紙芝居でやってます

おりがみ さんへ">

こちらこそ・・・。

> 久礼の民話をもとにした紙芝居はわが保育所にもあります。
> 松谷みよこさんが再話されていたかと・・・。

松谷みよ子さんによって取り上げられ、『うみにしずんだおに』は紙芝居や絵本等になっていますねー。
普通、鬼は悪者でしか登場しないし、人を助ける事もない。
久礼に伝わる鬼は、勇気があって、心の清らかな優しい鬼で、鬼らしく無いです・・・。

それに、近頃じゃ親が子供を虐待じゃ放置して死なせてしまうニュースが多いけど、『うみにしずんだおに』のお話は、鬼の親子のお互いを思う愛情表現を通して、「勇気」・「思いやり」・「絆」・「優しさ」に「人の為に尽くす」と言った、多くの大切な事を訴えかけていると思いますねー。

オンチャン的には、『双名島の鬼の親子』を久礼の観光事業に、もっと活かせたらエエのにと思うちょります。ゆるキャラで「親子の鬼」を登場させたりして・・・。

2012/09/23 (Sun) 18:40 | おりがみ さんへさん">REPLY |   

おりがみ  

紙芝居でやってます

お久しぶりです。
久礼の民話をもとにした紙芝居はわが保育所にもあります。
松谷みよこさんが再話されていたかと・・・。

園長の持ちネタのひとつでして、「この紙芝居は私一番好き」といってました。

私も好きな物語です。
嵐の海に乗り出してゆく場面は目頭がジーンとしながら読むんですよ・・。

2012/09/23 (Sun) 16:20 | EDIT | REPLY |   

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