神田南城跡 - 長宗我部臣下・細川備中宗桃の居城となる

神田南城跡

[ 高知県高知市神田 ]


築城年代は定かじゃないがですが、元は長宗我部の敵対勢力・本山氏の支配しちょった城郭跡ながです。

長宗我部軍と本山軍との戦闘で本山軍が敗退した後は、長宗我部臣下の細川備中宗桃が入場したそうんがです。

その後は、細川備中宗桃の家老・鍋島修理の居城になったとも伝わっちょります。

神田南城跡

麓から粗一直線に続く石段が、標高101mの頂上へと続いちょります。

神田南城跡

詰の段(頂上)のちょっと手前。

神田南城跡

詰の段から崖下を見下ろしたら、二の段、三の段が取り巻くように巡らされちょるのが確認出来る。

神田南城跡

詰の段に残る土塁

神田南城跡

詰の段に祀られちゅう、神田南城の城八幡。

神田南城跡

城八幡脇にある灯篭にゃ、奉納されたのが宝暦九年己卯(1759)の年号が刻まれちょります。


神田の由来

歴史写真家・前田秀徳氏に同行して神田南城を"たつくった"時の写真ながです。


MapFan地図へ


[ 注意! ]
■ 季節によっては、マムシ(ハミ)・ヤマダニ・ヤマヒル・イノシシ・ハチ等に気を付けて下さい。
■ 特に3~12月頃(暖かい時期は、その限りじゃないぜよ)、山や藪に入る場合、マムシ(ハミ)に、充分に御注意の事!

関連記事

  



0 Comments

Leave a comment