ジョン万次郎(中浜万次郎)宅跡 - 土佐藩下屋敷跡

中浜万次郎宅跡 - 土佐藩下屋敷

[ 東京都江東区北砂・北砂小学校 ]


明治元年(1868)、万次郎はふたたび土佐藩に登用され、翌年から,この地にあった同藩の下屋敷の中に住みました。
この下屋敷は6,606坪(21,780㎡)ほどあり、庭には広大な池があったようです。
万次郎は開成学校(東京大学の前身)の教授などを務めながら11年間をここで過ごしました。

【引用抜粋】/ 平成21年10月 江東区教育委員会



中浜万次郎(ジョン万次郎)は、明治元年(1868)百石の禄で土佐藩に仕え、翌明治2年(1869)に新政府の命で出仕し、開成学校(現・東京大学)の徴士(二等教授)となり明治3年(1870)には中博士(教授)となって、最高学府の教壇に立つちょります。

この場所は、その時に住んじょった場所で、江戸に於ける土佐藩の下屋敷の一つでもあった場所ながです。


余談じゃけんど、ジョン万次郎と言えば坂本龍馬にも大きな影響を与えた一人じゃねー。

河田小龍から聞いたジョン万次郎の体験談が、その後の龍馬の思想や行動にも大きく影響を与えちゅうがです。

それと、慶応3年(1867)に坂本龍馬が参政・後藤象二郎に提示した「船中八策」を長岡謙吉が書いた土佐藩船「夕顔丸」は、ジョン万次郎と後藤象二郎が長崎・上海へ赴き購入した帆船でもあるがです。


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