江戸・土佐藩中屋敷跡 - 武市半平太・大石弥太郎らと同宿 

江戸・土佐藩中屋敷跡

[ 東京都中央区築地 ]


安政3年(1856)、坂本龍馬が父・坂本八平の死後に2度目の剣術修行のために江戸に出ちょりますが、その際に過ごしたのが、この土佐藩中屋敷で築地屋敷とも呼ばれちょったそうながです。

当時、土佐藩中屋敷にゃ、藩の臨時御用として江戸での剣術修行が許された武市半平太が岡田以蔵や五十嵐文吉らを伴って江戸へ来ちょり、この近くの桃井春蔵の鏡心明智流・士学館で学んじょった。

山本琢磨が時計拾得事件を起こいたがは、この翌年安政4年(1856)の事・・・・・。

また、文久元年(1861)に武市半平太が大石弥太郎の招請に応じ、再び剣術修行の名目で江戸に出た際、少数の同志と密かに土佐勤王党を結党したがも、この場所からじゃった。


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