愛馬之塚 - 元親の命を救ったという逸話が残る愛馬・内記黒

高知城百景 - 第17景 筆山筆山駐車場から

[ 高知県高知市長浜 ]


長宗我部元親の側近じゃった高島孫右衛門正重が、元親の三十三回忌に書いたと言われちゅう『元親記』を現在訳した『元親記』泉 淳 著の戸次川合戦の時の話を下記引用させてもらいます。

群がって来る敵のなかで、信親は馬を捨て、四尺三寸の大長刀で八人を薙(な)ぎ伏せ、さらに刀を抜いて六人を切り据えた。
物の具の上から打ち合うので刀の刃は、ぼろぼろになっていた。
あたりの敵を追い払って腹を切ろうとすると、多勢の者が走り寄り、同じ所で次々と自決した。
福留隼人と細川源左衛門は元親のそばに走り寄り、この世の暇乞いをしてから自分の命を絶った。

元親も息子信親の最後のさまを見て、一ヶ箇所で死のうと馬を下りて刀を抜いた。
馬は、はやって跳ねあがり、馬丁の手をはなれて走り去った。

元親の姿を見つけた十市新右衛門が
「何と勿体ない事を。今死んでなるものか、早くこの馬で退きなされ。」
と、自分の馬に元親を乗せようとした。
そこへ、今乗り捨てた内記黒という馬が走り戻った。
新右衛門は、す早くその口を取って、元親を鞍に押し上げ、しゃにむに敵中を突破して上ノ原の城へ突っ走った。


この『元親記』は吉田孝世著の『土佐物語』よりは、物語性の強い書物じゃけんど、似たような事が書かれちょります。

その物語に出てくる「内記黒」の墓が、この愛馬之塚ながです。

内記黒は、長宗我部元親が豊臣秀吉から拝領した馬じゃそうです。

愛馬之塚は、石段の先にある長宗我部元親の墓所を向いて、建てられちょります。

元親公墓 - 長宗我部元親 2008.11.24
今風に「武将萌え~」 - 長宗我部元親初陣の像 2009.08.24


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