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平尾道雄墓 - ベレー帽の平尾さんと慕われた偉大なる郷土史家



[ 高知県高知市西久万 ]


昨日、歴史写真家・前田秀徳氏が、氏の師匠である「平尾道雄」先生(土佐藩史とくにその維新史研究の第一人者)の年内最後の墓参りに行くと言う事で、同行した。

墓所は、地区の方々が清掃されてくれちょるようで、綺麗に掃き清められちょりました。

ただ、如何せん、直ぐ下にある谷干城の墓所までは訪れる人も居るけんど、直ぐ傍にあるにも関わらず「平尾道雄」先生の墓前に足を運ぶ人は少ないと言う。

今日、土佐に於ける土佐史や坂本龍馬の存在意義を高めた人物は、過去、如何様な郷土史家や小説家が居たとしても、最大の功労者は「平尾道雄」先生以外に居らんと思うちょります。

「平尾道雄」先生無くして、今日の土佐の郷土史もなかったと言っても過言ではないと違うろーか?

「平尾道雄」先生は明治33年に熊本県警部・井上作郎の5男として長崎県天草島に生まれ、父の退職後、母の故郷・土佐に両親と帰郷し、祖母の家を継ぎ平尾姓に改称しちょります。

大正9年(1920)から32年間、東京・代々木の山内家の家史編纂に尽くす。

この間、幕末維新期の浪人問題に関心を深め、土佐藩史、維新史研究の第一人者となり、数々の著書を発表しちょります。

戦災で土佐に戻んて、戦後の窮乏と奥さんの病弱に耐え、土佐の郷土史の発展に付くし、「土佐史談」の復刊や高知県立図書館の古文書研究会や、高知市民図書館の地方史研究会の創設に協力し、後進の育成に尽力しちょります。

天皇陛下来高の節には御進講を勤め、郷土史研究、後進の育成、研究物出版等に努めた功績は、偉大なものがあった。

[ 参考・引用 ]  『土佐の墓』 山本泰三・著


昭和54年(1979)5月17日 「ベレー帽の平尾さん」と県民にも慕われた「平尾道雄」先生は、惜しまれつつも、入院先の病院で78歳の生涯を閉じちょります。

ベレー帽が、平尾道雄」先生のトレード・マークでした・・・・・。



この偉大なる「平尾道雄」先生の墓碑には、数々の功績を自負することもなく、ただ一行『郷土史を修む』とのみ刻まれちょります。

昭和54年(1979)5月23日付 高知新聞「読者の広場」に掲載された追悼文   

巨大な幕末維新史の頭脳が消えた。
古来僻地の地土佐が誇り得るものはただ一つ。
それは日本の武家制度以来、庶民を泣かせた封建制度の打破より外にない。
「平尾史学」の名あるゆえんは平尾道雄さんの「実証史学」によって光をあてた維新史によるところまた大である。   

「新選組始末記」の著者、子母沢寛が平尾さんの「新選組史」を見て「穴があらば入りたい。
広く正しい平尾君の研究の前に私の著書はただただ恥をさらしているようをものである」と賛辞を送っているが、これは正しい。
封建の昔から民主社会への転換期、幕末史を「実証史学」によって闡(せん)明した「平尾史学」の功績はあまりにも大きい。

その巨大な頭脳を永遠に地下に埋めたことが悲しい。

(土佐史談会理事)


[ 主な著書・関係書物 ]

『新撰組史』・『坂本龍馬・海援隊始末記』・『維新暗殺秘録』・『子爵 谷干城』・『天誅組烈士・吉村虎太郎』・『陸援隊始末記』・『坂本龍馬・中岡慎太郎』・『武市瑞山と土佐勤王党』・『容堂公記伝』・『維新戦史録』・『奇兵隊史録』・『長宗我部地検帳(全巻筆写)』・『坂本龍馬と明治維新』・『坂本龍馬のすべて』・『龍馬のすべて』・『土佐維新回顧録』・『戊辰戦争』等多数・・・・・。


MapFan地図へ(目標の谷干城旧邸跡)


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