近衛兵之碑 - 薩長土の三藩で兵を出す

近衛兵之碑
近衛兵之碑

[ 高知県高知市鷹匠町 ]


近衛兵の前身となる組織は護親兵です。

明治4年(1871)1月19日に板垣退助・福岡孝弟が、西郷隆盛・大久保利通・木戸孝允らと会談した「三傑会合」と言われる席上、薩長土の三藩協力の基、維新の最終局面に御親兵(天皇や御所を護衛するための、新政府直属の軍隊)献上の案を決定した事に繫がります。

開成門 - 西郷隆盛・大久保利通・木戸孝充も門をくぐる 2010.09.01
西郷木戸板垣三傑会合の地 - 東九反田公園 2008.12.19

山県有朋らの献策により、薩長土三藩から藩兵一万人を拠出させ、御親兵は設置されるが、皮肉にも維持するための財政的余裕が無くなったことが、やがて廃藩置県と繫がって行く。

討幕後の新政府にとっては、三傑会合は歴史上、大転換となった会談だったがです。

土佐藩は護親兵として、歩兵2大隊・騎兵2小隊・砲兵2隊を派遣しちょります。

明治5年(1872)に近衛兵と改称された。


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