北山・七ツ渕街道を行く 1 - 椎野道を上り望六峠へ 

高知駅北・久万川沿いから見た北山

[ 高知県高知市北秦泉寺 ]


高知市内の北側にゃ標高がおよそ300m程の山並みが街を見下ろすように東西に繋がっちょり、古くはこの真下近くまでは、古浦戸湾が入り込んじょった。

古代人も山の麓で生活しよったき、今でも周辺にゃ古墳も残っちょり、今まで当ブログに掲載したこの近辺の古墳だけでも下記の通り。

吉弘古墳 - 6世紀後半から7世紀初頭 2011.12.16
一宮大塚古墳 1 - 土佐神社・社格標の大石は古墳天井石の一部 2011.10.05
愛宕神社古墳 - 愛宕山は古墳のある山 2010.10.06

実際には、まだ沢山あったと・・・・・!

話は、ちょっと逸れたけんど、この北側の山並みを親しみを込めて市民は「北山」と呼んじょります。

今回のネタは、その北山へ登っちょったお話を・・・・・。

登ったルート

実はこの山の北の方向にゃ「七ツ渕神社」と言う平家の落人伝説の残る場所があるがですが、昭和中期まで大勢の参拝者で賑わったそうで、特に秋の大祭にゃ「蟻の詣」とまで言われる程、多くの参拝者が行き来して賑わっちょった場所じゃそうです。

そのルートが七ツ渕コース「椎名道」・「嘉助道」としてハイキング・コースになっちょり、今回、上りは「椎名道」から上った。

古い常夜灯

金谷橋バス停から0.45kmの所に古い常夜灯が建っちょります。

目的の椎名峠・望六峠方面

これも昼夜を問わず、七ツ渕(正確には”七ツが渕”)詣に行きよった参拝客らーの目印の一つじゃたろー。

目的の椎名峠・望六峠方面

常夜灯から約0.3kmの場所。

いよいよ、ココから上り・・・・・。

街道の上り口にゃ大正4年の道標が建っちょり、すんぐの所にある村野三柱神社を右に見ながら登ると、周囲は薄暗い雑木林へと変わって行く。

途中・車道に出る

道標から、約0.2km(ただし、平面での測定距離)で一度車道に出るが、ここから再び山道に入って行く。

因みに、振り向いたらここから高知市の景色が見えます。

およそ標高110m。


今じゃー、街道の道幅は1m程しかないけんど、昔はもっと広かったようで、荷馬車が通れる道幅があったと言う。



人の往来がのうなると、道は勿論、山も荒れていくがです。

カサコソと足元の枯葉を踏みしめながら上ると、途中、大きな石が数個ある場所に出た。



通行人がココで腰を下ろし暫しの休息を取った場所じゃないろーかと聞いちょります。

近くにゃ、岩清水も湧き出ゆう場所もあり、当時の旅人の水呑場の一つじゃったろー・・・・・。

途中から、薄暗い雑木林から幾分か陽射しの差し込む竹林に変わって行く。

竹林に・・・・

街道脇にゃ樹齢が100年以上たっちゅうような大きな木がなく、周囲は竹林。

気が付いたのは、街道の下側斜面は殆ど竹林ばかりながです。

如何いうことかというと、当時は人の手が入り伐採手入れされちょっり、通行人は眼下に広がる城下を眺めながら通行しよった明るい道じゃったろー。

その証拠に、昼夜を問わずの七ツ渕詣の参拝者であふれちょっって、夜は提灯をブラ下げて歩きゆうもんじゃき「狐の嫁入り行列」じゃないろーかと言うぐらい、城下から見たら街道に提灯の灯りが延々とつらなっちょったと・・・・・。

今は、この道を通るがはハイキング客だけで、それも偶にしか通らんろーき、道は崩れたり、雑草に覆われたりして痩せ細り、山全体が荒れて行きゆうがです。

同じことは、今は荒れ果てた土佐の墓山も同じ。

何処に言っても、周囲は竹林に覆われちゅう。

墓山と言うと暗い陰気なイメージがあるけんど、土佐の墓山も昔は明るく陽射しが差し込む場所じゃったと思うがです。

昔の土佐人は、墓参りして墓前で先祖を偲び遊山をしよったがやき、暗くて寂しい場所じゃったらそんなこたーせんろー・・・・・。

ここら辺は、当時の状況を留めちょり道幅も広い。

もう直ぐ・・・・

この坂を上ると、もう直ぐ舗装道路に出る・・・・・。

ここまでゆっくり上って約40分ちょっと位じゃろーか・・・・・。

茶店跡

昔、此処にも茶店があったそうで、多分、みんなーホットしたろーねー。

さらに・・・・

車道を東に進路を取り、約0.1km。

椎野峠

椎野峠

やっと、2枚目の地図(写真)の現在地とある標高330mの「椎野峠」に到着。

標識の西・円行寺方面にゃ坂本龍馬に縁のある「柴巻」があり、逆に東の小坂峠方面に行くと、そこも坂本龍馬の先祖の地「才谷村」があるがよ。

歴史写真家の前田秀徳氏の話じゃと、「坂本龍馬も柴巻から才谷村に行くのにも通ったし、逆に才谷村から上町の自宅に帰るにも、上って来た七ツ渕コースの街道を通った方が、麓の道を通って往来するよりも近道じゃき、絶対に通ったであろう」と、言いよったがです。

現在この道は、「北山スカイライン」と呼ばれちょります。

北山スカイラインと言うても、所々は高知市内の眺望を眺める事ができる程度の、様は大型車一台が通れる程度の山道ですき。

望六峠・峠の茶屋

椎野峠から更に東に0.3kmでやっと、望六峠の峠の茶屋に到着ながです。

ここまで、休憩しながら上り始めておよそ1時間でした。

望六峠・峠の茶屋からの眺望

浦戸湾の先に桂浜が見え、標高340mの望六峠・峠の茶屋からの眺望もエエぜよ。


■ 【 参考 】 最初、歴史写真家・前田秀徳氏と七ツ渕コース「椎名道」から望六峠経由で「嘉助道」を通って下りた際にお伺いした事を織り交ぜちょります。


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