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板坂利正 - 関ヶ原の戦いで、山内一豊の母衣武者5騎の一人



[ 高知県高知市・中高見 ]


生年は不詳じゃけんど、山内一豊の家臣で、天正13年(1585)に近江長浜で召抱えられ、各地の戦に従う。

天正18年(1590)一豊が、近江長浜から遠州掛川に移った時、知行500石母衣で銃手10人を与えられ、浦奉行や浦総代官を務める。

慶長5年(1600)関ヶ原の戦いの際にゃ、母衣(ほろ)武者5騎の一人じゃったと。

因みに、母衣武者ちゅうがは現在でもよう武者行列などで、鎧の背に大きな赤い袋のような母衣をつけた武者がいたりするけんど、武者にとっちゃー名誉な事じゃったとか・・・・・。

一豊の土佐入国と供に土佐に入り、鉄砲知400石を含む1000石をあてがわれ、浦戸城から一豊が高知城築城の視察に出向く際にゃ、御使衆の一人として随行しちょります。

百々越前 - 高知城の築城奉行 2009.04.16
吉田東洋墓所 - 幕末の土佐に必要不可欠な人じゃった 2010.10.10

その後、慶長14年(1609)丹波篠山城普請、元和5年(1619)の広島城受け取り、元和5年(1619)のには大坂城普請にも関係しちょるそうです。

元和9年(1623)鉄砲知200石の加増、足軽30人分の扶持米を受けちょります。

墓碑にゃ寛永7年没とある。

[ 参考・引用 ]
■ 『土佐の墓』 山本泰三・著
■ 『高知県人名事典』 高知新聞社




[ 注意! ]
■ 墓探しで山に入る場合 は、季節によっては、マムシ(ハミ)・ヤマダニ・ヤマヒル・イノシシ・ハチ等に気を付けて下さい。
■ 特に3~12月頃(暖かい時期は、その限りじゃないぜよ)、山や藪に入る場合、マムシ(ハミ)に、充分に御注意の事!
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