谷秦山先塋の地 - 谷干城の先祖にもなる

谷秦山先塋の地

[ 高知県南国市岡豊町八幡 ]


谷家は土佐の名族であるが、先祖は大和の国から移り住んだ。

代々神職を業とし、岡豊八幡宮の神官をつとめたが、のち長宗我部氏に仕え、三代・甚(神)右衛門は、山内藩政下、野中兼山に重用せられた。

この墓地は三代までで、、墓石は粗末な河原石であるが、家訓に基ずくものという。

四代目・神兵衛は高知に出て、その子に秦山が生まれた。

南學中興の祖といわれる秦山の墓は土佐山田町にある。

南国市教育委員会(高札より全文引用)


土佐・谷氏の始祖・谷左近の子、初代・右衛門と兄弟になるのが谷忠兵衛忠澄。

一宮城跡 - 谷忠兵衛の命を掛けて長宗我部に尽くした二つ史実 2011.10.14 

初代・右衛門から五代目が谷 秦山で、六代目・七代目が谷 垣守、眞潮親子。

谷垣守・真潮邸跡 - 谷家の学問が尊王思想を説く 2011.07.03 Sun

七代目谷 眞潮の兄弟・谷 萬六の孫になるのが、尊敬しちょった坂本龍馬が暗殺されると生涯をかけて龍馬の暗殺犯を追ったと言う、谷千城ながです。

谷千城旧邸跡 - 硬骨の土佐人 2011.09.10

谷秦山先塋の地の標柱

岡豊橋から北上すると左側に、写真の標柱あり。


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