藤並神社社格標 - 昔、此処に神社があった

藤並神社社格標

[ 高知県高知市丸の内 ]


今は無いけんど、高知城追手門の東側の県立文学館と県立図書館への入口脇に縣社・藤波神社と刻まれた社格標が残っちゅう。

明治4年(1871)まで此処にあった、初代藩主・山内一豊と夫人・見性院(千代)、2代藩主・山内忠義を祀っちょった神社ながです。

その地が神社になる前の元の住人は、野中兼山・・・・・。

野中兼山邸跡の碑 - 本来の跡地に建てられちゃーせん理由は 2009.11.20

今となっては、此処にあること事体意味の無い社格標じゃけんど、「野中兼山邸跡碑」を本来の地に移設させないようにするためには、神社はなくとも後世に如何いても残し続けんといかん、水戸黄門の印籠のような役割をしちゅうように見えんかよ・・・・・。

与太咄として書きゆうけんど、もしそうじゃとしたら滑稽じゃねー。


明治になって、藤並神社の御旅所じゃった場所に社殿を造営し直して以降、現在の山内神社となっっちゅう。

今は神社があった事を思い起こさせるのは、この社格標と背後の山内一豊像だけ・・・・・。

山内神社 2009.09.11

山内一豊像 - 孤独に佇む 2010.07.31

まあ、言われて見んと、この社格標にも気づく人は居らんろー・・・・・。


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