鵜来巣城址 - 本山一族の本山紀伊守の居城

鵜来巣城址

[ 高知県高知市鵜来巣字ウグルス山 ]


築城時期は定かじゃないけんど、元は鵜来巣弾正の居城じゃったそうで、その後の永禄年間(1558~70)に本山氏の一族・本山紀伊守の居城となるが、永禄4年(1561)に長宗我部元親軍が城を攻めちょります。

また、この鵜来巣城址のある山は、朝倉神社とも関係があるとされちゅう場所でもあるがです。

ご神体 - 朝倉神社 2009.01.21
本殿右側 - 朝倉神社 2009.01.17
土佐国二宮 - 朝倉神社 2008.11.19

土佐之国二宮・朝倉神社は、斎明天皇行宮伝説の残る神社ながです。

『日本書紀』斎明天皇の条

天皇が朝倉の宮に移られた時、朝倉の社の丸木を切ってこの宮を建てた。
そのため雷神が怒って御殿を壊した。
宮殿内に鬼火があらわれ、多くの者が病で死んだ。
天皇が崩御された時、朝倉山の上に鬼があらわれ、
大笠を着て喪の儀式を覗いていた・・・・・。


そんで、その斉明天皇の御陵地(墓)と言うのが、朝倉神社からに約3kmにある鵜来巣山とされちょります。

また、「朝日夕日さす 椿の下に 黄金千両漆七桶」と言う黄金伝説の残る地でもあったそうぜよ。

何の根拠ものう、伝説や伝承は残らんと思うちょりますき、何がしかの古代ロマンが隠されちゅうがじゃないろーかと思うがです。

明治の初め頃までは、斉明天皇の御陵所じゃとして、不入の山(入山禁止)じゃったとか・・・・・。

現在、山は当時の形じゃないと言われちょります。

と言うのは、戦前、ここらにゃ陸軍の朝倉連体が置かれちょって、城址は土採りのため破壊され遺構はなくなったそうです。


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