祈年神社 - 長宗我部元親が毎年元旦その年の豊饒を祈った

祈年神社
祈年神社
祈年神社祈年神社
祈年神社

[ 高知県南国市東崎 ]


ここは、南国市にある祈年(としごい)神社。

まず、入り口の幅約2m程の小川に架かる橋の手摺は新しいけんど、自然石の石橋は可なり古そうじゃし、狛犬の顔もちょっと面白い・・・・・。

この祈年神社は、長宗我部元親が毎年正月の元日に参拝し、その歳の五穀豊穣を祈願した事が伝わっちゅう神社ながです。

写真はないけんど、神社の中には「祈年神社」・「諏方宮」・「熊野神社」と書かれた扁額が架かっちょりました。

その「諏方宮」は、長宗我部元親が現・長野県の信州諏訪大社を此処に勧請したものじゃき、1550年前後位の時代に合祀されちゅう。

また「熊野神社」の方は写真2枚目の右の合祀記念碑と関係があり、大正13年に近くの場所から此処に合祀されたとある。

この「祈年神社」の祭神は「大年神」と言う神さんで、この地区の産土神じゃそうです。

因みに、土地を守るがは「産土神」、氏一族を守るがが「氏神さん」ぜよ。

「大年神」は知らんかったき、ちっと調べたが。

日本神話では、スサノオと神大市比売(大山津見神の娘)の間に生まれた大年神としている。
両神の間の子にはほかに宇迦之御魂神がおり、これも穀物神である。・・・・・
「年」は稲の実りのことで、穀物神である。
その根底にあるのは、穀物の死と再生である。
古代日本で農耕が発達するにつれて、年の始めにその年の豊作が祈念されるようになり、それが年神を祀る行事となって正月の中心行事となっていった。
現在でも残る正月の飾り物は、元々年神を迎えるためのものである。・・・・・
年神 - Wikipedia


因みに宇迦之御魂神ちゅう神さんは、お稲荷さんんとして知られちゅう稲荷神社の御祭神なが。

宇賀神社 - 糠塚 2011.06.08

そんで調べよったら面白い事に、この祈年神社のすんぐに北側には祈年遺跡が広がっちゅうがよ。



地図出典/『祈年遺跡 Ⅰ』 (財)高知県文化財団埋蔵文化財センター 2011.3

その序文にゃ、「縄文時代から居住域となり、弥生時代の大規模集落や律令期前夜の古墳時代後期の集落、そして律令期に入ってからは道状遺構をはじめとする活発な土地活用がなされていた・・・・・


古来から、この長岡台地にゃ多くの人が住んじょって稲作が行われちょった場所じゃったがですねー。

『続日本記』文武天皇慶雲三年(706)二月の記述には、「甲斐・信濃・越中・但島・土佐・・・・の十九社に祈年の幣帛を行うことを決めた」とある。


幣帛とは、神道の祭祀において神に奉献するもののうち、神饌以外のものの総称で、神さんへの供えもののこと。

と言う事は、『続日本記』文武天皇慶雲三年(706)の記述とも時代的にゃ符合するき、ここの「祈年神社」の創建は706年前後に鎮座した事にもなる。

兎に角、大年神を祀る「祈年神社」が此処に鎮座しちゅうがも納得出来るし、こじゃんと古い由緒ある神社じゃったがですねー。

それと、この地域が当時の日本の中の十九ヶ所の一つと言うのも、何かもっと重要な意味があるようにも思うがよ。

けんど、五穀豊穣の神さんであって、正月に迎えて家族の健康や安全を祈願して祀る年神さんって、具体的にゃ何者・・・・・?

普通は〇〇命とか名前があるけんど、大年神ちゅうだけながも、妙に変に思えて、気になる・・・・・

まあ、今日も与太咄にちこうなったけんど、やはり土佐はまほろば

まほろばとは、「素晴らしい場所」・「住みやすい場所」という意味の日本の古語ぜよ。


MapFan地図へ
関連記事

  



0 Comments

Leave a comment