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安芸城 - 土佐の七守護の一人、安芸国虎の居城

安芸国虎居城跡
安芸国虎居城跡
安芸国虎居城跡

[ 高知県安芸市土居 ]


この は、鎌倉時代末期の延慶2年(1309)安芸親氏によって築かれたと云われちょります。

安芸氏は土佐国東部の安芸郡を支配し、戦国時代には土佐七雄の一人となった。

中でも、安芸国虎の代になると、長宗我部元親との対立が繰り返されるようになり、元親の居城じゃった岡豊城まで遠征し攻撃をしちょります。

永禄12年(1569)7月、長宗我部元親が本山氏攻めに城を出た隙に、土佐西部を支配しちょった一条兼定と共に岡豊城を攻めるけんど失敗し、逆に安芸城を攻められるがです。

籠城24日間の後の食糧が尽いた時、長宗我部軍に内通しちょった配下の横山民部が井戸に毒を入れ、その水を飲んだ兵士たちが次々と倒れ、落城を覚悟した安芸国虎は自害をし城は落城するがです。

その後、長宗我部元親は香宗我部親泰を城主にし、阿波(徳島)侵攻の拠点としちょります。

因みに、山内一豊が入国した後は、五藤氏が治めちょります。


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