田所荘之助愛敬 - 土佐勤王党に56番目に加盟



[ 高知県高知市筆山 ]


田所荘之助は天保6年(1835)、邑岡謙の長男として生まれ、名を愛敬のち悦と改めちゅう。

何時の頃かは判らんけんど、田所収蔵の養子となっちゅう。

土佐勤王党にゃ56番目に加盟し、国事に奔走しちょります。

戊辰戦争にゃ、板垣退助率いる迅衝隊に加わり各地を転戦し、帰国後は砲隊長を務める。

明治維新後は、一時期出仕しちょりますが、明治3年に養父・田所運栄が病気となり、官を辞して看護の為に孝養を尽くしちょります。

後に、山内豊信(容堂)の弟、山内男爵(南邸三代・豊積家)家宰を数十年勤め、明治42年、75歳でみてちょります。

『土佐の墓』 山本泰三・著




[ 注意! ]

■ 墓探しで山に入る場合は、季節によっては、マムシ・ヤマヒル・ヤマダニ・イノシシ・ハチ等に気を付けて下さい。

特に3月~12月頃(暖かい時期は、その限りじゃないぜよ)、山や藪に入る場合、マムシに、充分に御注意の事!  
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