史跡 桜井跡 - 馬詰親音により掘られ清水湧く



[ 高知県高知市桜井町1丁目 ]


・・・・・初め高知市は、慶長町割の後、戸口次第に増殖したが、用水の供給が常に不十分であったので、寛政12年、時の町奉行・馬詰親音が、近江国で行わるる鑿井(さくせい)に習って堀井を試みんとて、彼国より水工機器一切を下して、初めてここに鑿井を試みたところが、清水湧き出で果して好成績を得たから、記念の為其處に桜を植え桜井と稱(たたえ)・・・・・。

これ上水の起源である。・・・・・・

『土佐の史跡と名勝』 武市佐市郎・著


山内一豊が土佐に入国し町造りをした頃、高知城の周辺は湿地帯が多かったそうで、此の頃から飲み水となる水の水質が悪かったようで、用水の供給が常に不十分とある。

それが、藩政期に入って人口がドンドンと増えていくと、当然、住む所を造らなーいかんき、今で言うたら新興住宅地のような場所の拡充がされ、町が大きくなったがです。

ここも、そう言った場所の一つで、江ノ口川と鏡川に挟まれた河口に近い汽水域の湿地帯と言うか潮田じゃったき、塩分もあったろうし、兎に角、水質の悪い水しかなかったようで、難儀しよったと・・・・・。

それを寛政12年(1800)に、名町奉行と言われた馬詰親音が近江国彦根から水工4人を招請して揉貫き井戸を掘らせた所、清水が湧き出たと言うことながです。

馬詰親音誕生地 - 名奉行であって土佐に製糖業を興す 2011.07.08

名前の桜井は、井戸の側に桜の木があった事に由来しちゅうようながですと・・・・・。

桜井跡と刻まれたこんまいプレートが、道路の真ん中に埋まっちょります。

場所が場所だけに、殆どの人に気付かれない史跡の一つですねー。


井戸跡が道路中央にあり、危ないですき、今回は地図は記載しません。
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