島浪間義親邸跡 - 作州で盗賊と間違われ無念な最期



[ 高知県高知市長浜 ]


島浪間義親は、慶応元年(1865)2月22日、同じ土佐出身の井原応輔・千屋金策、それに岡山出身の岡元太郎の4名で作洲(岡山)の山村で盗賊と間違われ、大勢の地元民に襲われ、四人とも自決しちょります。

さぞかし、無念じゃったろー・・・・・。

この泣ける話は、歴史写真家・前田秀徳氏の『龍馬とその仲間たち―世紀を越えて語り継ぎたい話』、p29の「その一 晩冬に消えた男たち」に詳しく書かれちょります。

その島浪間義親の墓(招魂墓)は、現在、長浜の雪渓寺西側の墓地にあるき一般的に知られちゅうけんど、邸跡の方は殆ど存在を知られちゃーせん。

と言うか、殆どの人が気が付かんと思うがです。

この往還は、吉田東洋の鶴田塾が近いがやき、岩崎弥太朗や吉田東洋らーも通ったろー。

もしかしたら、龍馬や慎太郎らーも・・・・・。

この場所は、歴史写真家・前田秀徳氏より、お教えいただき探しました。



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1 Comments

オンチャン(とさっぽ)">

オンチャン(とさっぽ)  

Re:N さんへ

オンチャン(とさっぽ)">

> 毎回やけんど トップの写真えいねぇ~

あんがと~さ~~~ん! ・・・・・ (^^♪ !(^^)! (^_-)-☆

2011/07/04 (Mon) 20:07 | オンチャン(とさっぽ)さん">REPLY |   

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