はりまや橋のレプリカ - 明治41年から昭和4年まで架橋されちょった




[ 高知県高知市鷹匠町・ホテル三翠園庭内 ]


この鋳鉄製の朱塗りの橋は、明治41年から昭和4年まで、架かっちょった「はりまや橋」のレプリカながです。

大正末期から昭和の初期に、高知駅から南に抜ける新道の建設に伴い、架け替え工事で「はりまや橋」は撤去され、ホテル三翠園の庭園に保存されちょったが。

平成10年(1998)に、現在の「はりまや橋公園」が完成したのに合わせて、本物の方は高知市に寄贈され、デンテツ・ターミナルビル(カラクリ時計のあるビル)の北側に移設され、変わりに置かれたがが、このレプリカじゃそうです。

はりまや橋 - 今に残る明治41年に架橋された鉄製の橋 2010.07.21
時代と共に変遷した「はりまや橋」-2代目 2008.03.12

皆さんがイメージしちゅう朱塗りの橋のイメージは、昭和33年(1958)に開催された南国博覧会の時に朱色の欄干が登場した時からやき。

そんで、翌年の昭和34年(1959)に大ヒットした「南国土佐を後にして」 の歌と、同名の映画が創られ、スクリーンに映し出された朱色の欄干の橋を見た全国の人らーが、「はりまや橋 = 朱塗り橋」とイメージを決定的なものにしたがよ。

現在、「はりまや橋公園」にある朱塗りの橋は、江戸時代の木製の橋のイメージと、朱色のイメージの欄干を併せ持った、あくまでも観光用に作られちゅう橋ながです。

本当は、ただの木橋じゃったと・・・・・。

この、ホテル三翠園庭内にある朱塗りのレプリカも、きっと本物と区別するために塗り分けちゅうがと、やはり朱塗りと言う観光客のイメージに合わせたがじゃろうかねー。


ホテル三翠園さんの庭内にゃ、無料で入れます。

ホテルの車寄せの所に居る駐車係りの人に声を掛けたら、場所を教えてくれますき・・・・・。


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