岩川西台 - 中山高陽の弟子の一人



[ 高知県高知市山手町・丹中山 ]


岩川西台は、享保17年(1732)に高知城下水道町5丁目(現・上町)に生まれ、通称莊助、諱は處和と言うがです。

幼少より中山高陽に画を学び画人としても知られちょり、書も嗜なんじょったそうで、西台は号なが。

安永年間(1772~1780)に、中山高陽の随筆を托した「画譚鶏肋」を編纂しちょり、中山高陽の一番弟子じゃったと聞いちょります。

元々この人は、武士ながでして、藩士として約30年余り、土佐藩第9代藩主・山内豊雍に仕え、後に御用人格になっちょります。

寛政7年(1795)、病気により64歳で亡くなっちょります。

「土佐の墓」 山本泰三著
「高知県人名事典」 高知新聞社

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