門田利實墓 - 土佐に一弦琴を伝えた人で、門田為之助の父



[ 高知県高知市福井町・奥福井の山 ]


門田利實は、通称・門田宇平と言い、香美郡山北の郷士じゃった人で、弘化年間(1844~1848年頃)伏見の土佐藩邸に勤務しちょった頃、正親中納言家で一弦琴を家元師範役・真鍋豊平に学び師範代の免状を貰うちょります。

土佐に戻んてきてからは、高知城下の小高坂村(現・高知市西町)に居をかまえ、一弦琴を教え、土佐に一弦琴を広めた人ながです。

長男・為之助が生まれたがが天保9年(1838)年の伏見の土佐藩邸に在勤中じゃけんど、習得したがはそれ以後の事じゃねー・・・・・。

因みに長男・為之助は、ご存知の人も居るろーけんど、土佐勤王党員・門田為之助の事ですき。

門田為之助墓 - 土佐勤王党に5番目に加盟 2011.04.20

当時の土佐じゃ、一弦琴はあっと言う間に広まったがじゃないろーか・・・・・。

門田利實に教えを受けた中にゃ、坂本龍馬の姉・乙女姉ーやんや、初恋の人と言われちゅう平井加尾も居るがやか。

一絃琴は、その後、土佐独特の弾奏技法を生み、昭和28年に高知県無形文化財、昭和29年にゃ国指定無形文化財となっちょります。

また、一絃琴も、昭和44年に高知県無形文化財に指定され、土佐一絃琴と呼ばれちょります。

息子・ 門田為之助も土佐勤王党員として活躍し名を残しちゅうけんど、父・宇平も土佐一絃琴の元祖になる、土佐の偉人の一人ですき。

墓碑にゃ門田利實・同人妻と刻まれちょり、父・門田宇平利實、文久3年(1863)享年55歳、母は安政5年(1858)享年41歳とある。

門田為之助が病死したがが慶応3年(1867)ですき、父母の最後を看取ってこの墓を建てたがじゃろーと推察しちょります。

「土佐の墓」 山本泰三著
文化財情報 無形文化財 一絃琴 - 高知市公式ホームページ:




■ 墓探しで山に入る場合は、季節によっては、マムシ・ヤマヒル・ヤマダニ・イノシシ・ハチ等に気を付けて下さい。

特に3月~12月頃(暖かい時期は、その限りじゃないぜよ)、山や藪に入る場合、マムシに、充分に御注意の事!  


冬季に撮りためた写真から・・・
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