秦泉寺廃寺跡 - 白鳳時代(645 ~ 710年)の大寺院跡





[ 高知県高知市秦泉寺町 ]


下の写真は、紀貫之の土佐日記の時代じゃき、今から1200年ほど前の浦戸湾は湾内の奥深く入り込んじょりました。



坂本龍馬の関係記事でも良く名前の出てくる鹿持雅澄の「土佐日記地理弁」より
(竹島跡に高知市教育委員会が建てた説明板)

現在の秦泉寺町の辺りは、古くから古瓦の出土が知られ,「カネツキ堂」の地名も残っちょったそうで、昭和15年に調査がおこなわれ、蓮弁軒丸瓦や重弧文軒平瓦などが発見されたそうながです。

出土した発掘品は、白鳳時代(645 ~ 710年)頃の物で、金堂跡や講堂の一部等と見られる遺構も確認されちゅうそうで、高知県では比江廃寺跡と並ぶ最古の部類の、大伽藍配置の大寺院のあった跡じゃったがですと・・・・・。

比江廃寺の塔跡 - 白鳳時代の五重塔の礎石と推定 2009.12.06

因みに、日本書紀にも白鳳ちゅう元号(逸元号や私年号という)も、実際の時代区分もないけんど、古墳時代以降の飛鳥時代に花開いた文化の一つが白鳳文化で、その次の時代は奈良時代となる。

具体的にゃ、法隆寺や四天王寺は飛鳥時代の中の飛鳥文化と呼ばれ、、東大寺や唐招提寺等は奈良時代の天平文化と称され、白鳳文化はその中間とされちょります。

兎に角、こじゃんと古い時代の事ながよ・・・・・。
 
この周辺にゃ、近くの愛宕山にも古墳があるけんど、それ以外にも山裾にゃ多くの古墳群も見つかっちょり、また後日記載するけんど中津(港)跡もあり、当時この周辺は沢山の船が行き来し、豪族や多くの人も住み、かつて田園も広がっちょった文化圏の一つでもあったがですねー。

参考 : 秦泉寺廃寺跡


土佐は建依別之国、古代浪漫もこじゃんとある国ながぜよ。


史跡・秦泉寺廃寺跡と言うような特定の碑はないけんど、カネツキ堂のあった場所とされる立看板がある、最初の発掘場所です。

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