片岡健吉像 - 初代・高知県議会議長



[ 高知県高知市丸ノ内・高知県庁 ]

片岡健吉は、天保14年(1844)に土佐藩士・片岡俊平の長男として生まれ、幼名・寅五郎、諱は益光、通称・健吉と言い、藩の儒者・福岡孝済に学び、武芸も修めちょります。

片岡健吉生誕地 - 立志社初代社長 2010.07.05

慶応4年(1868)年2月、土佐藩迅衝隊・左半大隊司令兼大軍監として戊辰戦争に出征しちゅうが・・・・・。

維新後、新政府に仕えるがですが、征韓論(明治六年政変)に敗れた板垣退助らと共に土佐に戻んて来て、明治7年(1874)に、板垣退助・植木枝盛・林有造らと共に自由民権運動の中心組織・立志社を創設し、初代社長になっちょります。

立志社跡 - 自由民権運動 2009.03.20
板垣死すとも、自由は死せず - 板垣退助誕生地 2008.12.17
自由は土佐の山間より出づ - 植木枝盛生誕地 2008.12.20
自由民権記念館 2009.04.10

その後、立志社の獄で逮捕されたり、明治12年(1879)にゃ高知県議会の初代議長にもなっちゅう。

明治14年(1881)にゃ自由党の結成に協力し、明治22年(1889)第1回衆議院議員総選挙で当選してから、第8回まで連続で当選した人物で、自由党から立憲政友会を通じて土佐派領袖の一人として活躍し、衆議院議長などを務めた骨太の政治家じゃと思うがですが。

此処に、銅像が建っちゅうがは、初代・高知県議会議長を勤めたからですき。

・・・・・第五議会全院委員長に第六議会副議長に第十二議会以来議長に挙げられ、又三十五年京都同志社社長兼校長に推さるる等頗る徳望高かりしが今や不幸にして逝く。痛むべし。年五十九。

「東京朝日新聞」 明治36年11月1日付け




MapFan地図へ
関連記事

  



0 Comments

Leave a comment