大湊泊地跡 - 紀貫之の土佐日記に記された大湊





[ 高知県南国市前浜 ]


「土佐日記」。

読んだ事はのうても、その書物の名前に聞き覚えのある人は、多いろーねー。

「土佐日記」ちゅうがは、現在の南国市比江に、国司として来ちょった紀貫之が、承平4年(934)の12月21日に出発して、翌年の2月11日に京に戻るまでの船旅を綴った日記ながです。

その旅の途中で立寄ったがが、大湊なが。

「廿八日 浦戸より漕ぎ出でて大湊をおふ。この間に、早くの守の子山口のちみね、酒・よきものども持て来て、船に入れたり。ゆくゆく飲み食ふ。」と・・・・

現在の浦戸湾や土佐湾沿岸の地形は、約1200年前の土佐とは可なり様変わりしちょります。

それに、大湊の地を明らかに出来るような資料もなく、古来より此の地が紀貫之の時代の大湊があった場所か如何の議論はあったようで、一様碑が建っちょりますけんど定かじゃないがです。

が、此の近辺じゃったと言う事だけは間違いはないがですき・・・・・。

国司館跡(紀貫之邸跡) - 国府史跡 2009.05.10


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