丹吉釣針 - 代々・広瀬丹吉を襲名



[ 高知県高知市菜園場町 ]


釣好きの人じゃったら、写真の「つり具 丹吉」の「丹吉釣針」と言うたら、ご存知の方も多いろー。

「丹吉釣針」と言うがは、古くは元禄の頃(1690)からの、土佐名産として知られちょった釣り針の事ながよ。

現在の場所にゃ、天明元年(1781)に店を開き、代々店主は「広瀬丹吉」を襲名しちゅうそうながです。

坂本龍馬も、直ぐ傍の武市道場へ行った帰りに、よう立ち寄ったとも言われちょります・・・・・。

四代目・広瀬丹吉(1852~1919)の代に、海外にも知られるようになっちょります。

現在でも、丹吉釣針は世界中で通用するブランドで、サメやマグロ用の釣針は1本〇万円もするそうぜよ・・・・・\(◎o◎)/!

ギョギョギョ!

初代・広瀬丹吉は、生年不詳じゃけんど、享和2年(1802)に亡くなっちょります。

江戸中・後期、土佐高知采園場町(高知市)の釣り針師。
遠祖は京都の神社鍛冶で、応仁の乱を避けて土佐に移住、余業に釣り針も作り、元禄ごろの『土佐名物記』にその名があるという。
天明1(1781)年に釣り針職を創業。
祖先の移住先の丹吉山にちなみ丹吉と称した。
1種類の釣り針で多種類の釣魚が可能な釣り針「伊勢尼」を創始した。
以後、代々が丹吉を世襲。
明治期の4代目丹吉はカエリがあるようでなく、ないようであるカツオ釣りの名針「そらいけ」を考案。
また各種博覧会にも精力的に出品し、常に鋼鉄針最高賞を得る。

出典 : 『土佐偉人伝』 寺石正路著




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1 Comments

青いゴムぞうり  

たんち山

丹吉山と丹中山は発音が似てます。もしかして、同じ山のことですか?

2012/05/11 (Fri) 06:43 | REPLY |   

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