池田陽三郎 - 平井収二郎・加尾の従兄弟





[ 高知県高知市山手町 ]


嘉永3年(1850)土佐郡井口村に池田有年・糸(以登)さんの三男として生まれ、戊辰戦争には土佐藩の主力部隊・迅衝四番隊に参加しちょりますが、明治元年=慶応4年(1868)8月24日の会津若松の戦闘で戦死しちょります。

18歳じゃった・・・。

長兄・池田忠三郎と同じ土佐藩・迅衝四番隊に参加し、兄が負傷した翌日亡くなっちょります。

多分、長兄・池田忠三郎自信は、重症の負傷した身の上で、末弟・陽三郎の戦死を聞かされたがですろー・・・。

兄弟揃って、土佐を遠く離れた異郷の地で戦死しちょります。

この墓も遺髪墓で、碑文は岩崎禮。

因みに次男・佐之助も、尊王攘夷のため天誅組の大和挙兵に参加するが、戦に敗れ残党として処刑されちょります。

こうして、彼らの両親は、子供達三人を維新の礎として亡くしちょります。
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