池田糸(以登)墓 - 平井収二郎・加尾の叔母さん




[ 高知県高知市山手町 ]


墓碑には下記のように刻み込まれ、歴史の証拠を明確に残しちょります。

池田有年妻ニシテ 平井傅蔵二女

この平井傅蔵さんこそ、平井収二郎と加尾さんのお爺ちゃんなが・・・。

じゃき、糸(以登)さんは、二人の叔母さんになるが。

そんで、池田有年さんと糸(以登)さんの間に生まれた、忠三郎・佐之助・陽三郎の池田三兄弟とは、従兄弟同士になるがです。

その内の、二男の佐之助さんは土居家に養子に入り土居佐之助となり、吉村虎太郎らと尊皇攘夷の為に天誅組に加わり大和国で挙兵した38名の一人じゃけんど、幕府軍の追討を受けて壊滅し捕えられ24歳にして斬首。

長男・忠三郎(享年31歳)と三男・陽三郎(享年18歳)さん両名も、戊辰戦争で戦死しちょります。

平井収二郎(享年29歳)もそうであったように、皆、当時の国情を憂い、新しい日本の夜明けの為に駆け抜けて逝ったがです。

残されたのは、子供達に先立たれた多くの年老いた両親たちじゃったろー。

池田有年さんと糸(以登)さん夫婦も、また、同じように・・・。



今は、傍にある長男・忠三郎と三男・陽三郎さんの墓碑を見守るように、ご夫婦の墓碑が建っちょるいます。

両名の墓は、遺髪墓です。

墓碑のある場所は、個人の畑の一角ですき、踏み荒らさんように気を配ってよ・・・m(__)m
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