神奈地祇神社 - 物部氏との関わり







[ 高知県香美市土佐山田町神通寺 ]


創建等は不明じゃけんど、平安時代に編纂された歴史書・日本三代実録によると貞観8年(866)8・7の条で、正六位上から従五下に昇叙(位が上がる)したと記載されちゅうそうなが。



ご祭神は「饒速日尊(ニギハヤヒノミコト)」を祖とする物部氏系の「天忍男命」の妻「賀奈良地姫」を神奈地祇神社として祀っちょります。

ここいらは、古くから物部氏の勢力圏じゃった関係で、この地に建てられたと言う事じゃろーかねー・・・。

ただ、この神社は延長5年(927)にまとめられた延喜式神名帳に記載されていない神社・式外社になっちょります。

式外社とは - はてなキーワード:にゃ、下記のように書かれちゅう。

延長5年(927年)にまとめられた延喜式神名帳に記載されていない神社のこと。

神名帳が記載された以降に創建された神社だけでなく、延喜式の時代に明らかに存在していても延喜式神名帳に記載されていない神社が該当する。

石清水八幡宮、大原野神社、香椎宮、八坂神社、北野天満宮などの有力な神社も式外社になっていた。

神仏習合により仏教寺院と認識されていた神社や仏僧が管理をしていた神社、選定した中臣氏の意向に沿わない神社などが多い。

と・・・・。

物部氏を、天皇家の先祖・ニニギノミコトの天孫降臨の時代より以前から日本にいた古代豪族と考えると、、古代の日本の神事・祭祀をつかさどっていた中臣氏にゃ、物部氏の由緒有る神社が目障りだったのか、と思ったりしたり・・・。

また、饒速日尊は「天磐船に乗りて大空を翔行り」の古事もある。

この事は、近くの香南市香我美町山川字スミガサコ にある式内社・土佐國香美郡「天忍穂別神社」の御祭神・正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊・相殿に饒速日尊だそうで、地元では「石舟様」と呼ばれ、饒速日尊が乗ってきた石舟が今も残っているという。

色々と興味深い神社ながよ・・・。


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