坂本鶴井墓 - 龍馬の兄・権平さんの娘・春猪の子で、直寛の妻に



[ 高知県高知市山手町・丹中山 ]


龍馬の兄・権平さんと千鶴さんとの間にゃ、一人娘の春猪が居った。

坂本龍馬は、姪の春猪を大そうな可愛がりやったようで、龍馬の書いた手紙の中にも垣間見る事が出来るがです。

その春猪が、文久3年(1863)土佐藩士・鎌田実清の次男・清次郎を婿に迎え、元治元年(1864)に生まれた長女が鶴井ながです。

鶴井は、高松順蔵の次男・習吉を婿養子に迎え、坂本家本家を継いじょります。

兄は、坂本龍馬の名跡継承した高松太郎で、坂本直を名乗っちゅう。

二人の母は、坂本龍馬の姉・千鶴さんじゃき、龍馬にゃ甥っ子。

鶴井の夫となり、坂本家の本家を継いだ習吉は坂本南海男と改名し、板垣退助が起こした自由民権運動に参加し活躍し、明治17年にゃ高知県会議員にも当選して名を坂本直寛と改名したがです。

鶴井は、明治22年8月1日、桂浜に近い種崎の海岸で、実の妹・兎美と一緒に水難事故に遭い、不運な生涯を閉じちょります。

鶴井享年25歳。

妹・兎美享年24歳。

墓石にゃ、鶴井の名の左横に兎美の名も刻まれちょります。

兎美は、慶応元年(1865)に生まれた、春猪の次女になるがです。


鎌田実清の次男・清次郎は土佐藩家老・山内下総の家来・鎌田氏の系譜で、此処に井上好春の三女が嫁いじゅう。

その、井上好春言う人は、龍馬の曽祖父にあたる人なが。

つまり、龍馬の御爺ちゃん坂本八蔵さんに嫁いだ人が、井上好春の長女・久さんやき。

因みに井上好春の次女・千代さんが嫁いだがが、郷士・高松益丞なが。

龍馬の長姉・千鶴さんが結婚した相手は、高松益丞の子・高松順蔵さんやったがやき。

坂本家も、井上家を介して、皆ー血筋が繋がっちゅうと言えるろー。

いっつも書くけんど、縁と言うより、出逢うべきして出逢うた絆で、結ばれちゅうがやか。

これも、歴史のイタズラじゃろーねー・・・・。
[ 参考・引用 ]
・坂本家の系図より
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5 Comments

オンチャン(とさっぽ)">

オンチャン(とさっぽ)  

Re: 香柿子 さんへ

オンチャン(とさっぽ)">

コメントありがとう。

> 龍馬伝、「土佐の大勝負」で鶴井さんがちょっとだけ出てましたね。

そうでしたか?
生憎、「龍馬伝」は観ておりませんので判りません。
御免なさい・・・。(^^ゞ

2010/11/15 (Mon) 22:07 | オンチャン(とさっぽ)さん">REPLY |   

香柿子  

エリムカフェ

龍馬伝、「土佐の大勝負」で鶴井さんがちょっとだけ出てましたね。
現在、坂本直寛の自伝を訳して連載してます。
本当に純粋な人で、訳しながら感動の連続です。
南国・土佐から、最果ての北海道まで
一家で来てくれてありがと~です!!
こちらのブログの情報、いつも参考にさせて頂いてます。
今後もよろしゅう。

2010/11/15 (Mon) 20:18 | REPLY |   
オンチャン(とさっぽ)">

オンチャン(とさっぽ)  

Re: ツル兄ィ さんへ

オンチャン(とさっぽ)">

コメントありがとう。

鶴井さんの苗字が、春猪の娘の鶴井の名と同じじゃと言うだけの、はたから見たら何の関係もない事柄やけんど、その事を鶴井さんご自身が知ると言う事自体が、必然的じゃったがやと思うたら、楽しいろー。

皆ー、此処に意味(役割)があって生まれて来て、何がしか直接・間接的に歴史に関わっちゆうがよ。

大そうな・・・・(^^ゞ

>・・・驚きと喜び(なんだか龍馬さんと繋がった感じがして・・・)で、鳥肌が立ったのを覚えています。

それで、エエがですき。・・・(^^ゞ

> ・・・坂本鶴井さんのお墓にはいつかお参りしたいと思っています。

機会があったら是非、お参りしちゃりや。

きっと、喜んでくれるぜよ。

全ては、気持ちの持ちようじゃきねー。

2010/11/11 (Thu) 21:50 | オンチャン(とさっぽ)さん">REPLY |   

ツル兄ィ  

はじめまして

鶴井と申します。
竜馬がゆくを読んでいて、春猪さんの娘さんが「鶴井」と知って驚きと喜び(なんだか龍馬さんと繋がった感じがして・・・)で、鳥肌が立ったのを覚えています。
龍馬さんが生きていたのと同じ時間を「鶴井」さんが生きていたことも、うれしかったです。
自分は、奈良出身で、龍馬さんとは全く何の関係もありませんが、坂本鶴井さんのお墓にはいつかお参りしたいと思っています。

2010/11/11 (Thu) 20:52 | EDIT | REPLY |   
オンチャン(とさっぽ)">

オンチャン(とさっぽ)  

Re:中平 さんへ

オンチャン(とさっぽ)">

> 土居佐之助さんの墓所を見つれませんでした。また行ってみます。

一圓さんの墓の標識から100m程戻った東側斜面を2段程下がった場所ですが、標識も無く確かに見つけづらい場所にあります。

お気を付けて・・・

2010/11/10 (Wed) 19:44 | オンチャン(とさっぽ)さん">REPLY |   

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