坂本直 - 高松太郎として活躍後、維新後、龍馬の家督を継ぐ



[ 高知県高知市山手町・丹中山 ]


天保13年(1842)、安芸郡安田村の郷士・高松順蔵の長男として生まれちゅう。

母は、坂本龍馬の姉・千鶴さんじゃき、龍馬にゃ甥っ子になるが。

幼名は栄太郎、名を清行と言い、高松太郎と言うた方が判りやすいろー。

父・順蔵は、長谷川流居合術(無双直伝英信流)の達人で、歌や画に優れた人じゃったそうですねー。

近隣の師弟を集めて教導しよったしよったそうで、太郎も父・順蔵の塾で学んじゅうがです。

この頃の同門にゃ、中岡慎太郎や石田英吉も居ったとか・・・。

安政2年にゃ、高知城下へ出て、龍馬の修行した小栗流日根野弁治の道場に入門しちょります。

その後、剣術修行で九州に渡った時に、武市半平太や岡田以蔵と出会うたようで、文久元年に武市半平太が結成した土佐勤王党にも加わるがです。

文久3年1月、叔父の龍馬から誘われ勝塾の門下生に入り、神戸海軍操練所で航海術を習うけんど、その年の文久3年8月18日(1863)に起こった八月十八日の政変(禁門の変)で攘夷派が失脚し、藩より帰国命令を受けるけんど、龍馬と行動を共にし、長崎に渡り長崎で亀山社中(後・海援隊)を結成し、活躍するがです。

維新後は、新政府に出仕し函舘にも居ったようじゃけんど、明治2年、土佐に戻んて来ちゅう。

明治4年(1871)、朝廷からの沙汰によって坂本龍馬の名籍を継ぎ、この時から、坂本直と改名しちゅうがです。

晩年は、弟・坂本直寛宅に住み、明治31年(1898)病気のため57歳で亡くなっちょります。

幕末の動乱期の活躍とは一転して、維新後は不遇じゃったようですねー。

原因は、キリスト教を信仰した事が大きな要因とか・・・。

この頃は、まだまだ邪教でしたきねー。

[ 参考 ]
坂本直 - Wikipedia:
・坂本龍馬大辞典 新人物往来社


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