岩崎弥太郎の流罪地 - 父・弥次郎が酒席で重症を負った件で



[ 高知県高知市神田 ]


安政元年(1854)秋、奥宮慥斎の従者として江戸遊学に出たがですけんど、父・弥次郎と犬猿の仲の地元の庄屋とが酒席で争い重傷を負ったと言う知らせが届き、僅か16日で井ノ口村に戻った。

家族は重傷を居った事で郡奉行所に訴えたけんど、相手にされんかった。

その事を知った弥太郎が、安政3年(1856)郡奉行所に訴え出たけんど、やはり聞き届けられず腹を立てた挙句に、奉行所の柱(門?)に「官は賄賂をもって成り、獄は愛情に因て決す」と大書するなどを繰り返し、官の侮辱罪として捕縛され、投獄されるがです。

この時 獄中で、知り合った同牢の人に算術や商業の面白さを教えてもらった事が、その後の弥太郎の人生を大きく変えたがです。

ここら辺りの出来事は、NHK大河「龍馬伝」でもやりよったねー。

弥太郎は約7ヶ月間獄につながれ、家名削除の上、安芸郡から追放され、高知城下と四カ村(潮江、江ノ口、小高坂、井口)への禁足と言う罰を受けたがです。

そんで、居村追放と言う罰を受けた弥太郎が移り住んだ場所が、ここら辺りとか・・・。

ここで、寺子屋まがいのことをしながら生計を立てちょったそうで、その後、追放赦免・家名回復となった後も、此の地に居ったそうながです。

吉田東洋の少林塾に入門したがは、その後の出来事なが。

参考:弥太郎の流罪 -高知市広報「あかるいまち」2009年10月号より- 土佐史研究家 広谷喜十郎




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2 Comments

オンチャン(とさっぽ)">

オンチャン(とさっぽ)  

Re: 戯れ人 さんへ

オンチャン(とさっぽ)">

コメントありがとうございます。
個人的な主観も入っちょりますき、間違うた事も書いちょるかも知れませんぜよ・・・(^^ゞ



2010/10/12 (Tue) 22:28 | オンチャン(とさっぽ)さん">REPLY |   

戯れ人  

初めまして。


戯れ人と申します。
私も高知県民なのですけど、こちらのブログで教えられる事ばかりです。
県民として、恥ずかしいかぎりです。汗

これからも高知の情報を楽しみに拝読させていただきます。

2010/10/12 (Tue) 09:53 | EDIT | REPLY |   

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