大和殉難烈士之碑 - 維新の礎・天誅組壊滅



[ 高知県高知市筆山町・要法寺境内 ]


この大和殉難烈士之碑は、明治28年12月に、大和天誅組義挙から33年後の天誅組三十三回忌の際に、元海援隊士・石田英吉らの主唱により建てられちょります。

天誅組には、島並間と池内蔵太も参加しちょりましたが、実際に大和天誅組義挙に参加した土佐人は、全部で17名ながです

その中で、戦死したり、刑死した土佐人名簿

吉村寅太郎:津藩兵の一斉射撃によって壮烈な戦死を遂げた。享年27歳。

楠目清馬:津藩兵の追跡を受け斬殺。享年22歳。

沢村幸吉:芝村藩兵に捕えられ元治元年(1864)2月16日京都六角獄舎で斬首。享年22歳。

島村省吾:大庄屋・辻四郎三郎らの兵に捕えられ元治元年(1864)2月16日京都六角獄舎で斬首。享年20歳。

田所謄次郎:津藩兵に捕えられ元治元年(1864)2月16日京都六角獄舎で斬首。享年24歳。

土居佐之助:津藩兵に捕えられ元治元年(1864)2月16日京都六角獄舎で斬首。享年24歳。

那須信吾:鷲家口の戦いで敵兵に狙撃されて戦死した。享年35歳。

鍋島米之助:彦根藩兵に包囲され闘死。享年24歳。

前田繁馬:鷲家口の戦いに敗れ津藩兵に囲まれ戦死した。享年26歳。

森下幾馬:津藩兵に囲まれ戦死。享年30歳。

森下儀之:津藩兵に捕えられ元治元年(1864)2月16日京都六角獄舎で斬首。享年34歳

安岡斧太郎:津藩兵に捕えられ元治元年(1864)2月16日京都六角獄舎で斬首。享年26歳。

安岡嘉助:芝村藩兵に捕えられ元治元年(1864)2月16日京都六角獄舎で斬首。享年29歳。


[ アクセス ]

■ 土佐電鉄伊野線「大橋通」電停下車 徒歩約630m 

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