愛宕神社古墳 - 愛宕山は古墳のある山






[ 高知県高知市愛宕山 ]


此処は、愛宕神社 - 火伏せの神 2010.10.05の本殿の裏側、北100m程の所にある天熊社と扁額が架かっちゅう神社。

けんど、誰が見ても古墳にしか見えんろー。

それも、屋根覆いが架けられちゅうけんど、奈良・明日香にある石舞台古墳のように、巨石で造られた横穴式古墳の玄室が露出しちゅうがです。

写真に写っちゅう青いバケツと比較すると、大よその大きさが想定で出来ると思うけんど・・・。

6世紀後半から七世紀前半にかけての、此の辺りまでは浦戸湾が入り込んじょったようで、愛宕山北側にゃ県内で最古の一つと言われちゅう白鳳時代(六四五~七一〇年)の大寺院(秦泉寺廃寺跡)があった事も、発掘調査で確認されちゅう場所ですき、古来より豪族達の拠点の一つじゃった場所ですろー。

石組みがよう判る古墳ながです。

それにしても、此の愛宕山は標高が約40m以上ある。

古墳の周りや愛宕神社参道の脇にも巨石が見られるけんど、此処まで巨石を運び上げた事や、この山の上に古墳を造った主を考えたら、この辺りに巨大な権力圏があったがじゃないかと思うたり・・・。

現在、此の古墳にゃ、天熊社が祀られちゅう。

愛宕神社を迎えた山城の国(京都府)の愛宕権現の御祭神にも天熊人命(あめのくまひとのみこと)という神様がおる。

天熊人命は、日本書紀に登場する神さんで、月夜見命が口から食物を出したので、「けがらわしい」と怒り、保食神を剣で撃ち殺してしまったという神話があるが、天照大神に遣わされて保食神の死を確認した神が天熊人命。

また古事記じゃ、素盞鳴尊(スサノオノミコト)が大気津比売神を殺す記述になっており、天熊人命ではなく、月夜見命=素盞鳴尊とする方が自然な解釈とも考えられちゅうそうなが。

つまり天熊人命=素盞鳴尊とも言える・・・。

この天熊社の御祭神も天熊人命

小蓮古墳 - 高知県史跡で、土佐三大古墳の一つ 2010.09.10 のコメントのアンサーで、戯事的に「また高知中部に多い「星神社」は、香々背男と言う神さん。関東以北の制海権を握っちょった地方勢力の神さんじゃと言うけんど、その神さんが高知にゃ多い。大胆な仮説(単なる妄想で根拠はないが・・・)じゃけんど、香々背男神 = スサノウの命じゃないかと。」とも書いた。

それと、愛宕神社の御祭神が、伊邪那美(イザナミ)と火産霊神(カグツチ)の2神。

神話にゃ、伊邪那美(イザナミ・女神)は、国産み・神産みにおいて伊邪那岐(イザナギ・男神)との間に日本国土を形づくる多数の子を儲ける。

火の神(カグツチ)は、神産みにおいてイザナギとイザナミとの間に生まれた神で、火の神じゃったがために出産時にイザナミの陰部に火傷ができ、これがもとでイザナミは死んでしまうが。

そんで怒ったイザナギに、十拳剣「天尾羽張(アメノオハバリ)」で殺されるがです。

しかし、イザナミに逢いたい気持ちを捨てきれず、黄泉国まで逢いに行くが、そこで決して覗いてはいけないというイザナミとの約束を破って見てしまったのは、腐敗してウジにたかられ、雷(いかづち)に囲まれたイザナミの姿であった・・・。

イザナギ - Wikipedia


チョッと話は逸れるけんど、黄泉の国の話は、ギリシャ神話のオルフェとユリディスの話と、ストーリーは似通った話なが。

ジャン・コクトーが造った映画「オルフェ」は、ギリシャ神話を現代版に置き換えた映画じゃったし、其の延長線に映画「黒いオルフェ」とリメイクされた映画「オルフェ」があるがです。

本題に戻って・・・(^^ゞ、

スサノオと思われる天熊社の御祭神・天熊人命も、古事記によれば、神産みにおいてイザナギが黄泉の国から帰還し、日向橘小門阿波岐原(ひむかのたちばなのをどのあはきはら)で禊を行った際、鼻を濯いだ時に産まれたとする。

日本書紀ではイザナギとイザナミの間に産まれたとしている。

スサノオ - Wikipedia


愛宕神社が勧進されたがは、江戸時代の初めじゃけんど、多くの愛宕神社が小高い山を選ぶように此処も山の上。

ましてや、山の上に古墳がある場所。

偶々選んだ場所に古墳があったのか、それとも以前から何らかの信仰の対象にされちょった山なのか、判らんけんどねー。

面白いねー・・・。

御神体が治められちゅであろう、 扉の奥に興味津々・・・。


因みに四国は、イザナギとイザナミが国造りで二番目に産んだ島で、伊予の二名の島と名付けた。

大八島を構成する島々を生み出した順番じゃけんど、最初に淡路島、そいて2番目が四国。

「二名」とは、男女の国がそれぞれ並んでいることを表すがです。

つまり四国は、体は一つで顔が四つあり、そして顔ごとに名前がある。

女 伊予国  愛比売(えひめ)
男 讃岐国  飯依比古(いひよりひこ)
女 粟国   大宜都比売(おほげつひめ)
男 土佐国  建依別(たけよりわけ)

土佐(=土左)は 建依別之国と言い、男性として古事記にゃ記されちょります。


[ 追 記 2010.10.06-14:15 ]

これから書く追記は、実は書こうか書かないか迷うた事じゃけんど、オンチャンの戯言として書く事にしました。

学術的な根拠や証拠も無い事ですき、笑止千万とお笑い下さって結構だと、前置きしちょきます。

正直、此のブログに書いている内容も、これまで長年、読み聞きした雑学が殆どで、何ら専門的な知識も無く、地図等を頼りに、妄想を書き立てている次第ながです。

実は、この古墳もそう!。

たまたま、国土地理院の2万5千分1地図を見よった時の事ながです。

この愛宕山の地形を等高線から見た時、前方後円墳に見えたがです。



如何ぜよ? 

前方後円墳に見えんかねー?

 これが、前方後円墳の形状。

そんで調べたら、高知の古墳 - 古墳マップに、詳しい事は判らんけんどこの愛宕神社古墳が記載されちょりました。

ただ、此処には円墳じゃろー?と言うだけですが。

前方後円墳と言うたら、平地に造られて、周囲を池で囲まれちゅうようなイメージじゃけんど、そんなことはないがですねー。

他にも、山の上に前方後円墳が実在することが判ったがです。



この写真は、笠置古墳(前方後円墳) - どいせんの『 林道でコーヒータイム…! 』 - Yahoo!ブログさんのサイトから、勝手に拝借しちょります。

この古墳がある場所は、なんと同じ四国・愛媛県の西予市。

そんでこの古墳は、3世紀半から4世紀前半頃に築造された、西南四国最古の前方後円墳じゃそうながです。

繰り返し書くけんど、笠置古墳の形状に似ちょりませんかねー。

オンチャンは、勝手に確信しちょります。・・・!(^^)!

愛宕山は、古墳に改造された人工的な山で、笠置古墳に繋がるような前方後円墳じゃったと。

ただ、古墳そのものは盗掘されたか、破壊され証拠になるような出土物はないがですが・・・。

因みに、この山自体が前方後円墳じゃと言うオンチャンの説は、歴史写真家・前田秀徳先生にゃ、否定されたけんどねー・・・・・(^^ゞ

まあ、一つお笑いの種がふえたと思うてや。

それにしても、土佐の古代史も浪漫と妄想を沸き立たせる、面白みを感じちょります。

建依別之国・土佐もまた、まほろば・・・。
[ アクセス ]

■ 高知駅北口より、徒歩約1.5km。

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5 Comments

オンチャン(とさっぽ)">

オンチャン(とさっぽ)  

Re: 秦 さんへ

オンチャン(とさっぽ)">

コメントありがとうございます。
科学万能の時代でも、理論と理屈を並べても科学じゃ解明できん不思議なことは一杯ありますよ。
神仏と言う意味じゃなくて、不思議な部分を神聖化する事も大事じゃと思うちょります。
それが、古来から先祖達が守り伝えてきた一番大事な部分だと。
けんど、それは特に戦後、我々日本人が一番葬り去ってきた部分ですでもあるけんどねー・・・・・

2011/10/03 (Mon) 18:12 | オンチャン(とさっぽ)さん">REPLY |   
オンチャン(とさっぽ)">

オンチャン(とさっぽ)  

Re: きょん さんへ

オンチャン(とさっぽ)">

コメントありがとうです。

> 今度訪ねてみます♪(^^)

是非、ご自分の眼で見てください。
きっと、また散歩の楽しみが増えますきねー。

2011/07/08 (Fri) 23:05 | オンチャン(とさっぽ)さん">REPLY |   

きょん  

へ~え。。。

7年ほど前に引っ越してきて…私の住んでる土地の神さんはどこじゃろう?思うてネットで探しておりました。もしかしてここ?
歩いて5分ほどのところですきに…。
犬の散歩に何回も急な階段を上がって行った事がありますが、古墳があるとは…。興味深い…最近、神さんに興味を持っております。
今度訪ねてみます♪(^^)

2011/07/08 (Fri) 22:21 | EDIT | REPLY |   

オンチャン(とさっぽ)  

Re: 土佐はくにのまほろば?

土佐の古代史も、見方を変えたら、こじゃんと面白そうぜよ。



2010/10/08 (Fri) 21:51 | REPLY |   

おりがみ  

土佐はくにのまほろば?

なんだかそそられますねぇ・・。
うるはしというかなんというか。興味深いです。

2010/10/08 (Fri) 11:12 | EDIT | REPLY |   

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