甲藤馬太郎邸 - 坂本龍馬の親友



[ 高知県高知市鴨部 ]


甲藤(かっとう)馬太郎邸を、探しに行っちょりました。

甲藤馬太郎が生まれた郷士・甲藤家は、高知城下外のこの辺りの西地区で、当時は一番の豪家じゃったそうです。

何でも、「大甲藤」と呼ばれるような家じゃったそうながです。

甲藤馬之助は坂本龍馬とも、大いに繋がりがある人物じゃき。

龍馬もよう訪れたそうで、二人で剣術の稽古をしたそうなが。

それに、安政五年(1858)、水戸藩士・住谷寅之助が、伊予との国境・立川番所まで来て、龍馬に面会を求めて来た時、馬太郎と一緒に会いに行っちょります。

中でも、一番知られちゅうがは、龍馬が兄・権平さんが作らせて、龍馬に持たせていた刀工・左行秀の刀を、甲藤家の甲冑と交換したと言う話じゃないろーか。

「坂本龍馬大辞典」新人物往来社の甲藤馬之助邸跡にゃ、邸内に大きな楠が立っている。

とあり、邸内に上部は切られちゅけんど幹周りの大きな樹があり、表札に「甲藤」と書かれちょりましたき間違いないだろうと思うちょります。

参考:「坂本龍馬大辞典」新人物往来社




[ アクセス ]

・土佐電鉄伊野「鴨部」電停下車 徒歩約870m 

MapFan地図へ
関連記事

  



2 Comments

オンチャン(とさっぽ)">

オンチャン(とさっぽ)  

Re: みやっち さんへ

オンチャン(とさっぽ)">

コメントありがとう。

> 坂本龍馬と西郷隆盛はよく話しが通じた
> なあと今更ながら感心します。

そうやねー。
通訳が居たかも・・・(^^ゞ

2010/09/19 (Sun) 18:49 | オンチャン(とさっぽ)さん">REPLY |   

みやっち  

こんばんは
高知は1回だけ行った事があります。
土佐の言葉はまだ、話が通じるから
いいですよね。鹿児島弁は通訳入れない
とよくわからない。

坂本龍馬と西郷隆盛はよく話しが通じた
なあと今更ながら感心します。

2010/09/19 (Sun) 01:20 | REPLY |   

Leave a comment