追手門 - 高知城




[ 高知県高知市丸ノ内・高知城 ]


高知の街も、戦争中、空襲を受け街の大部分を焼失し、大勢の市民が戦火に巻き込まれたがです。

現在、高知市内に歴史的な建造物が少ないのはそうした訳で、この高知城の追手門も大屋根の大半が焼失すると言う被害を受け、戦後2度修復を行い現在の姿を見る事が出来るようになっちょります。

また、全国の城郭の中でも、追手門と本丸が一緒に見えるのも、珍しいがですき。

ところで、屋根の上に乗っかっちゅう鯱には、雄と雌があるけんど、どっちが雄か知っちゅうかよ?。

正直、オンチャンも知らんかったけんど、屋根が南北の場合は、北側が雄で、南側が雌。

けんど東西の場合は、詳細には判らんかったけんど、見分け方として口を開けちゅう方が雄で、閉じちゅう方は雌じゃそうなが。

と言う事は、写真の東屋根の鯱は口を閉じちゅうき、雌じゃろーかねー?

兎に角、阿吽の組合せじゃそうぜよ。

そう言う意味じゃ、山門にある仁王像像や、神社の狛犬等も、阿吽の組合せと言う事になるがやねー・・・。

鯱の原型は、奈良などの寺院や仏殿などの大棟の両端につけられる飾りの一種・鴟尾が、発達した物じゃと。

鯱は、海に住み、よく雨を降らすインドの空想の魚じゃそうで、魚が水面から飛び上がり尾を水面上に出した姿を具象化したもので、屋根の上面が水面を表し、 水面下にあるもの(建物)は燃えないとの言い伝えから、火除けのマジナイとして、用いられるようになったがじゃと言うことなが。

織田信長が、安土城天主の装飾に鯱を使用したがが、最初じゃと・・・。

鴟尾 - Wikipedia
阿吽 - Wikipedia




[ アクセス ]

・土佐電鉄伊野線「高知城前」電停下車 約270m 徒歩約5分
・土佐電鉄伊野線「県庁前」電停下車 約300m 徒歩約5分
・土佐電鉄伊野線「大橋通」電停下車 約360m 徒歩約6分

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2 Comments

オンチャン(とさっぽ)  

Re: 北さん へ

> 今住む(香川・西部)所では、立派な屋敷の屋根のすぐ下側の壁が青く塗られています。
> 火災等から屋敷を守るためだと大工さんが話をしておりました。

先人達の知恵じゃねー。

2010/08/31 (Tue) 20:47 | REPLY |   

北さん  

いつもありがとうございます。
「鯱」の由来等良く分かりました。
今住む(香川・西部)所では、立派な屋敷の屋根のすぐ下側の壁が青く塗られています。
火災等から屋敷を守るためだと大工さんが話をしておりました。

2010/08/31 (Tue) 12:00 | REPLY |   

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