楠正興記念碑 - 先祖は楠正成/題額・谷干城





[ 高知県高知市丸の内・高知城内 ]


楠正興は、文政12年(1829)生まれで、漢方医学をおさめたのち,大坂で緒方研堂らに西洋医学を学び、山内容堂の従医じゃった人です。

坂本龍馬とは何ら関係は無いがですが、土佐藩上士の谷干城は、坂本龍馬を厚く尊敬したとされる人物で、龍馬が暗殺されたとき、瀕死の状態にあった中岡慎太郎から龍馬暗殺の経緯を聞きだし、暗殺犯を追った。

ただ、彼にも龍馬暗殺の疑惑は・・・・。

その、陸軍中将谷干城がこの記念碑の題額・橘陰楠先生尚徳之碑と書いちょります。

橘陰とは、楠正興の号。

谷干城は、料亭・得月楼の名付け親ですねー。

書の細川潤次郎は、天保5年(1834)に土佐藩藩士の家に生まれ、蘭学者で明治・大正時代の法学者・教育家・男爵となった人物で、日本の近代法導入の功績に関しては江藤新平と並んで高く評価されちょるそうです。

そいて、記念碑の当のご本人・楠正興は、写真の説明板に詳細が記されちょりますき省略しますけんど、先祖は楠木正成との事。

この何の変哲も無い無名に近い楠正興碑にも、間接的ながら数々の歴史が関連しちょります。


[ アクセス ]

・土佐電鉄伊野線「高知城前」電停下車 約330m 徒歩約5分
・土佐電鉄伊野線「県庁前」電停下車 約320m 徒歩約5分
・土佐電鉄伊野線「大橋通」電停下車 約450m 徒歩約7分

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