高知師範学校跡




[ 高知県高知市大膳町 ]


師範学校を、師範学校 - Wikipediaで調べたら、教員を養成する学校で、戦前に存在した、初等・中等学校教員の養成(師範教育)を目的とした中等・高等教育機関を指している。

明治5年(1872)、同年に公布された学制に基づき、東京の湯島聖堂内に、1871年に閉鎖された昌平坂学問所(昌平黌)を一部引き継ぐ形で官立の師範学校が設立され、その後、名古屋・大阪・広島・長崎・新潟・仙台と各大学区に設置された。とある。

それから71年後の昭和18年(1943)に開設されたがが、高知師範学校なが。

その沿革を見ると、明治7年(1874)年に旧藩校・致道館跡(現在の城西公園)に設置された陶冶学舎が起源じゃそうです。

因みに、陶冶とは、「人間形成」の事を言う古い表現で、「教育」と同じ意味じゃと・・・。

明治10年に、陶冶学舎はと改称して現在の県庁の敷地に移転して行き、その後も変遷を繰り返し、昭和18年(1943)にそれまであった高知県師範学校と高知県女子師範学校を統合して出来たがが、官立の高知師範学。

高知大空襲で講堂を残して全焼したそうですき、この門は造り直されたモニュメントのようです。

このモニュメントのある同じ公園は、ある二人の人物が坂本龍馬に関連しちょる場所ぜよ。

然程、メジャーじゃないけんど、坂本龍馬生誕地碑にも近いき、時間があれば寄ってみいや。

国沢新九郎生誕地 - 土佐藩船「夕顔丸」の艦長 2010.05.22


[ アクセス ]

・土佐電鉄伊野線「上町一丁目」電停下車 約160m 徒歩約2分
・土佐電鉄伊野線「上町二丁目」電停下車 約220m 徒歩約3分
・土佐電鉄伊野線「枡形」電停下車 約270m 徒歩約4分

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