archive: 2017年07月  1/2

細川半蔵頼直 - 「からくり半蔵」の名で知られる細川半蔵邸跡付近

[ 高知県南国市上末松 ]今回は、からくり半蔵として知られちょります、細川半蔵頼直の御紹介です。人物の御紹介の前に、初めに「からくり人形」って、知っちょりますか?現在風に云うたらロボットじゃねー。室町時代末期に日本に入って来た西洋時計を工夫したものじゃけんど、当時は金属ではなく人形も歯車も全て木製じゃし、それに電子部品も無い時代じゃき、駆動装置はクジラの髭の弾性を利用したぜんまい仕掛けで動く人形をか...

  •  0
  •  closed

伊尾木浪切不動尊 - 御神木の「梛の木は残した」

[ 高知県安芸市下山 ]安芸市の伊尾木を通る国道55号線・土佐東街道のバス停・伊尾木不動の近くに、この伊尾木浪切不動尊があるがです。以前御紹介した、室戸市にある「昭和九年海嘯襲来地點の碑」もそうじゃったけんど、昭和9年(1934)の室戸台風の被害を受け、御神木の梛(なぎ)の木の一本が倒れ、残ったのはこの梛(なぎ)の木じゃそうです。昭和九年海嘯襲来地點の碑 - 海から「海嘯」と言う恐怖が襲って来た 2014.09.24 と...

  •  0
  •  closed

池知退蔵 - 土佐勤王党に178番目に加盟

[ 高知県南国市上末松 ]池知退蔵(いけぢ たいぞう)は天保2年(1831)、長岡郡西野地村(現・南国市)の郷士の家に生まれ、名を重利(初名・重胤)、通称・退蔵と云う。嘉永4年(1851)、家督を相続。文久3年(1863)2月、土佐勤王党には178番目に血盟加盟しちょります。また山内容堂に従い京に上り、機密を扱う御用掛けの命を拝し、諸藩の動向を探索するなど尊王攘夷派として奔走しちょります。土佐勤王党の獄が起こると、同志らと...

  •  0
  •  closed