category: 史跡 | 古墳・遺跡  1/1

高座古墳 - 古墳時代後期の支配者の墓とみられ、稲毛大明神の御神体か

[ 高知県高知市神田 ]此処は坂本家の守護神でもある和霊神社にもほど近い、高座公民館の南の山にある稲毛大明神さんです。此処に来た切っ掛けは、以前、同じ高知市神田にある石土神社と石鎚神社の記事に関連するがですが、その石鎚神社の方の扁額にゃ石鎚神社・稲毛神社と両社の名が在り、つまり合祀されちょる神社ながですが、その後、偶々、石鎚神社(石鎚神社・稲毛神社)周辺を地図で見よったら、この石鎚神社の約500m西方に...

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徳善天皇古墳 - 池田王に関係あるのか?字の「天皇」が意味深

[ 高知県香南市香我美町徳王子  ]切っ掛けは、ちょっと古い香南市の地図を眺めよったら徳王子に字が「天皇」と記されちょり、他の地図などには「徳善天皇古墳」とか「徳善天王古墳」の記載があったがです。単純に「天王・天皇」とかと言う名前が気になって、何じゃろーと思い、ちょっと見に行ったがです。古墳が在ったとされる周辺を散策したがですが、何ら確認できませんでしたが、地図では如何やら道路を挟んでビニールハウス...

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吉野朝廷時代古戦場跡 - 元の碑の位置は由比直枝屋敷傍だった

[ 高知県高知市升形・出雲神社  ]以前にも御紹介しちょりますが、土佐の南北朝の古戦場の碑ながです。建武3年(1336)建武の新政に背き足利尊氏が京に上り持明院統の光明天皇を擁立し北朝を開くがです。それに対して大覚寺統の後醍醐天皇は吉野に逃れ南朝を開いた。これより明徳3年(1392)まで、全国で南朝方、北朝方に分かれた豪族たちが入り乱れて争いが起こったがです。土佐でも、この周辺が大高坂城(現・高知城)の大高坂松王...

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馬ノ上古墳 - 古墳時代後期の横穴式円墳で、後世に御林神社が鎮座

[ 高知県安芸郡芸西村馬ノ上茶畑  ]芸西村馬ノ上にある御林神社本殿の背後に、馬ノ上古墳(御林神社古墳)と呼ばれる、円墳の古墳があるがです。 [ 本殿右側から見た古墳 ]古墳時代後期の古墳で、直径は約16m、周溝7を含めると直径が約22mもあるそうながです。 [ 本殿背後、古墳右側から ] [ 本殿背後、古墳左側から ]芸西村史跡 馬ノ上古墳 六世紀~七世紀大和国家統一が進んでいたころ、馬ノ上地方を治めていたいた権...

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不動ガ岩屋洞窟 - 1万年前の旧石器から縄文時代移行期の住居跡

[ 高知県高岡郡佐川町西山組  ]佐川町を流れる柳瀬川に本郷耕付近で支流が合流しちょりますが、その支流沿いの道を約1Km程行った所に、石灰岩の露出した岩山があり、その裾の広場になっちょる場所に、「史跡 不動ガ岩屋洞窟」の石碑が建っちょります。 史跡 不動ガ岩屋洞窟昭和53年12月19日文部省指定この洞窟は、いまから1万年前の、旧石器時代から縄文時代へ移る頃の住居跡で、奥行約8m、幅約4m、高さ約6mの主洞とそれとほぼ...

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明見彦山古墳群 - 明見彦山三号古墳

[ 高知県南国市明見  ]以前、明見彦山古墳群一号古墳に付いて御紹介しちります記事にも書いたように、2号墳は既に破壊され消滅しちょりますので、残る3号墳を今回は御紹介しちょきます。明見彦山古墳群 - 明見彦山一号古墳は「土佐三大古墳」の一つ 2015-10-07一号古墳は昔から知られちょったそうですが、三号古墳は偶然に発見されたそうです。古墳入口のすぐ前はお墓になっちょりますが、(上の写真)円墳の形が良くわかります...

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岩井口遺跡 - 弥生時代の住居址と中世の館跡が確認された

[ 高知県高岡郡佐川町西組  ]岩井口遺跡平成二年度に実施された佐川町斗賀野地区県営ほ場整備事業に伴う事前の試掘調査によって確認された遺跡である。平成四・五年度に発掘調査が実施された。平成四年度は県営ほ場整備事業に伴うもので、平成五年度が県道改良工事に先立つものであった。この調査によって、弥生時代の住居址と中世の館跡が確認された。住居跡は一辺約四メートルを測る方形の竪穴住居跡で、周りには排水のためと...

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明見彦山古墳群 - 明見彦山一号古墳は「土佐三大古墳」の一つ

[ 高知県南国市明見  ]場所は、南国市の高天ヶ原山の峰続きの東、丁度麓の水田が広がっちょる山間の北斜面のちょっ上がった場所にあり、標柱にあるように「南国市指定史跡」に指定されちょります。古墳時代後期の古墳群で、此の周囲にゃ3基の古墳があったそうじゃけんど、現存しちゅうがは1号墳と3号墳のみで、2号墳は破壊され消滅しよりますが、3号墳よりも大きな横穴式石室じゃったそうです。 石室全長:8.96メートル ...

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長畝古墳群 - 4~6世紀にかけて同一尾根上にあった古墳群

 [ 高知県南国市岡豊町  ]長畝(ながうね)古墳群は高知自動車道・南国SAのちょっと東、岡豊病院の西側の道を北に登って行って高知自動車道の下をくぐった東側に移築復元されちょります。 長畝古墳群 (移築復元) 南国市岡豊町定林寺字長畝高知自動車道(南国~伊野)建設に伴う平成5・6年度の発掘調査により、現在地より西南西に約1kmの標高約62m前後の尾根上から古墳の所在が確認された。長畝2号墳は前期古墳で4世紀代の...

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幅山遺跡 - 弥生時代後期の壺棺の出土地

[  高知県香南市香我美町上分河内  ]何時ものように自転車で石舟神社(天忍穂別神社)に行った帰り、香宗川沿いの県道じゃない山側の道を下り、八王子日吉神社の南側の橋を県道側に渡った川(小川)の傍に、何やら高札があった。車じゃったら気が付かんろーけんど・・・・・。自転車を止めて高札を見たら「幅山遺跡」と書かれちょりました。 幅山遺跡弥生時代後期の壺棺の出土地。小児が埋葬されらと見られる。壺を安定させるた...

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新改古墳 - 6世紀後半から7世紀初め頃の高知県内じゃ最大級の古墳

[ 高知県香美市土佐山田町新改 ]この新改地区にゃ、この古墳の他にもいくつかあるけんど、最も大きいががこの新改古墳で、高知県内じゃ最大級と言われちょります。 土佐山田町教育委員会の建てた説明板にゃ、今から1300年程前とありますき、飛鳥時代から奈良時代に造られた古墳じゃそうです。 [ 古墳東側 ] [ 古墳西側 ] [ 古墳入口から見た内部 ]直径約15m、高さ約5mの横穴式円墳ながでして、出土した副葬品は、現在、高...

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鏡岩 - 昔は朝陽夕陽に反射して光よったとか

[ 高知県高知市朝倉乙 ]高知市朝倉に「鏡岩」と言う地名があるがですが、この写真の岩が地名の由来になった「鏡岩」じゃそうです。 5~6m程の岩じゃけんど、東側はちょっと急傾斜で、その頂上付近にゃ、こんまい祠が安置されちょります。 写真じゃ間違えてワイヤーと書いてしもうたけんど、「2本の鎖」はこの祠への参拝の物のようですねー。詳細は判らんかったけんど、昔からある地名で鏡岩とまで伝わっちょるがですき、太陽の光...

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一宮大塚古墳 3 - 古墳のあったと思われる場所

[ 高知県 高知市 一宮中町 ]以前、ご紹介した「一宮大塚古墳」。じゃー、何処にあったろーと思い、探してみたがです。ヒントは、一宮大塚古墳 1 - 土佐神社・社格標の大石は古墳天井石の一部 2011.10.05でも記載しちゅうけんど、知り合いのNさんに戴いた『一宮未来に翔る - 一宮・高知市合併50周年記念誌』にあり、それを頼りに周辺を探してみたがです。・・・国指定重要文化財の関川家のすぐ近くで土佐神社より西へ250メートル...

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吉弘古墳 - 6世紀後半から7世紀初頭

[ 高知県高知市北秦泉寺 ]民家との約1m幅のブロック塀との間を10m程進むと、写真の古墳入り口があるがです。写真を撮っている直ぐ背後はブロック塀じゃき、凄い狭い場所にあるがですが、行った時は御覧のようにトラ・ロープが張られ、古墳入り口は鍵も掛けられちょり内部はまったく見れんかった。これも高知市の史跡じゃけんど、まったく残念じゃねー。高知市秦泉寺吉弘の民家宅地内にある後期古墳である。秦泉寺地区からは、す...

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枝川三号古墳 - 7世紀初頭古墳時代後期

[ 高知県いの町枝川 ]此処も枝川二号古墳と同じ、古墳時代の後期の今から約1300年前の、この地域の豪族の墓と考えられちょるそうです。ただ出土物は鉄器と須恵器が発見されたされただけじゃそうです。石室は奥行き3.2m、幅1.7m、高さも人が寝そべって入れる程度の大きさながでした。いの町の保護文化財に指定されちょります。MapFan地図へ...

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一宮大塚古墳 2 - 古墳天井石で架けられた橋を探いて

[ 高知県高知市一宮西町・中町 ]一宮大塚古墳 1 - 土佐神社・社格標の大石は古墳天井石の一部 2011.10.05でも書いたように、一宮大塚古墳じゃった天井石の情報を得たもんじゃき、近辺を探したらあったがです。普段この界隈の散策にゃ、国道は通らずに山側の道を走りまわりよったき気が付かんかったけんど、今回は素直に国道傍の久安川に架かる橋を探いた所、いとも簡単に見つけた次第です。橋の由来を記したプレートにゃ、詳し...

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一宮大塚古墳 1 - 土佐神社・社格標の大石は古墳天井石の一部

[ 高知県高知市一宮 ]土佐神社に行った事がある人は、参道入り口の楼門の前にある大きな石を見たことがあるろー。写真にあるように、大石に嵌め込まれたプレートにゃ「土佐国一ノ宮」とあり、これが土佐神社の社格標ながです。この社格標の左側にある石柱にゃ、この大石の由来が書かれちゅうき足を止めて読んだ人もおると思うけんど、実はこの大石は明治期までこの近くにあった古墳の天井石ながです。その古墳の名は「一宮大塚古...

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枝川二号古墳 - 7世紀初頭古墳時代後期

[ 高知県いの町枝川 ]枝川古墳群は3基からなるがですが、1号古墳は横穴式石室の上部に径2m程度の墳丘の一部を残っちょったそうですが、探し回ったけんど見つからんかった。この2号古墳は横穴式石室で、羨道の長さ2.8m、幅1.3m、玄室の長さ3.3m、最大幅2m、高さ最高部1.95mで、3つの古墳のなかでは最大規模じゃそうです。盗掘されちょったようで、発掘では須恵器杯2、蓋2、はそう1、鉄鏃1の出土をみただけとか。出土須恵器から、1...

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愛宕神社古墳 - 愛宕山は古墳のある山

[ 高知県高知市愛宕山 ]此処は、愛宕神社 - 火伏せの神 2010.10.05の本殿の裏側、北100m程の所にある天熊社と扁額が架かっちゅう神社。けんど、誰が見ても古墳にしか見えんろー。それも、屋根覆いが架けられちゅうけんど、奈良・明日香にある石舞台古墳のように、巨石で造られた横穴式古墳の玄室が露出しちゅうがです。写真に写っちゅう青いバケツと比較すると、大よその大きさが想定で出来ると思うけんど・・・。6世紀後半...

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小蓮古墳 - 高知県史跡で、土佐三大古墳の一つ

[ 高知県南国市岡豊町小蓮 ]説明板にゃ、南北28m、東西22mの円墳で、高さが7mもある、横穴式古墳としては県下最大規模じと書かれちょります。奥行きは約10mで、玄室の床面にゃ割石が敷き詰められちょり、6世紀後半の古代豪族の墳墓として、高知県の史跡に指定されちゅう。それに小蓮古墳は、朝倉古墳と明見彦山1号墳とともに「土佐三大古墳」に数えられちゅうがです。朝倉古墳 - 朝倉 2009.01.23周りと言うか、古墳...

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朝倉古墳 - 朝倉

[ 高知市朝倉 ]朝倉神社のご神体である「赤鬼山」の麓沿いに、土佐三大古墳の一つ「朝倉古墳」があるがです。明治初期に開墾の際に、石室内部から須恵器・馬具・鉄鏃が出土そうじゃけんど、現在のように考古学が発達していなかったため、せっかく発掘された遺物は散逸し現存していないそうながです。円形の墳丘は、開墾時の削平でご覧のように横穴式石室が露出しちゅうがです。玄室は長さ5.4m、幅2.6m程で巨石を使った巨石古墳の...

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