category: 神社 | 土佐の鎮守の神々  1/4

深淵神社 - 延喜式社・土佐之國二十一座の一社で御祭神はスサノウの曾孫

[ 高知県香南市野市町西野 ]物部川の左岸、野市の通称・十善寺と呼ばれる地区に鎮座しちょります。 史跡 i深淵神社延喜式社祭神は、深淵水夜禮花命水神として元原部島にあり十善寺を経て明治三十五年現在地に遷宮深淵郷の総鎮守で明治十二年県社に昇格従五位上【 参考・引用 】  説明板より御祭神・深淵水夜禮花命は、古事記に登場する神さんでスサノオノミコトとクシナダヒの曾孫になり、深淵水夜禮花命の曾孫が大国主命に...

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三津姫大明神 - 祠の主は高岡から逃れて来た姫君とも、庄屋の娘とも

[ 高知県吾川郡いの町枝川 ]いの町枝川を流れる宇治川の新宇治川放水路呑口に、三津姫橋という橋が架かっちょります。 傍に、三津姫橋の由来を刻んだ石碑が設置されちょります。 三津姫橋 橋名の由来新宇治川放水路の呑口のほぼ中央部にあたる位置に、古くより懇(ねんご)ろに祀られてきた祠がありました。新宇治川放水路建設工事に伴い、これまで祀り伝えてこられた地権者の方から「新宇治川放水路呑口対策委員会」にこの祠の...

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殖田神社 - 延喜式社・土佐之國二十一座の一社で大社・土佐神社と同神とも

[ 高知県南国市殖田字東野 ]此処は、本年最初の記事で、日本の古来からの文様「猪の目懸魚」がハートマークと同じと御紹介した記事中にも登場した南国市殖田にある殖田神社(うえたじんじゃ)ながです。出雲大社土佐分祠 - ハートを見つけ御参りを、恋愛成就が叶うやも 2017.01.01 一之鳥居の脇に、「延喜式内 殖田神社」の社号標が建っちょります。此処が、創祀年代は不詳じゃけんど『延喜式神名帳』にある土佐国・小社20座20...

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鯨坂八幡宮 - 伝承じゃ高吾北の開拓者・別府経基が造営とも

[ 高知県高岡郡佐川町庄田 ]佐川町のJR佐川駅から、更に北に直線距離で約3.5km程の、 庄田の柳瀬川右岸に鎮座しちょります。旧郷社で、御祭神は応神天皇。江戸時代にゃ、土佐藩家老・深尾氏知行の佐川領十八ヶ村の総鎮守として、深尾氏の保護を受けちょった神社で、現在の社殿は明治33年(1900)の火災で焼失し、その後再建されちょります。古い棟札の写しにゃ、永正16年(1519)・永禄2年(1559)や天正8年(1580)の物があり、戦国時代...

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出雲大社土佐分祠 - ハートを見つけ御参りを、恋愛成就が叶うやも

[ 高知県高知市升形  ]本年も、つたないブログですが、御愛顧のほど、よろしくお願いいたします。此の記事は、2017年1月1日00時00分の予約投稿です。皆さんは、初詣はこれからとか、明るくなってからと言う人もおるろーけんど、多分、オンちゃん、記事がアップされた時間帯位にゃ近くの氏神さんに2年ぶりの初詣に行っちょると思います。もしかしたら、寝よったりして・・・・・(笑)そんな訳で、年の初めの最初の記事は神社ネタ...

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西宮神社 - 長宗我部家臣・芳原七郎が神鏡を祀り西の宮と称す

[ 高知県高知市長浜  ]高知市長浜にある四国八十八ヶ所霊場・第33番札所・雪蹊寺の東隣に、長宗我部元親を祀る秦神社があるがですが、二の鳥居入口西側に、この西宮神社が鎮座しちょります。西宮神社(えびす様)御祭神 未詳 相殿に恵美須大神を配祀御由緒 御創建、縁起沿革等は未詳云い伝えによると、天正十四年、豊後の戸次川の戦いに出陣する際、長宗我部の家臣、芳原七郎は曽和家所有の畑で馬蹄にかかった神鏡を拾いあげ...

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春喜神社 - 土佐に二ヶ所ある「番町皿屋敷」類話の一つ土州皿屋敷跡

[ 高知県南国市篠原  ]南国市篠原の、とさでん交通ごめんの線の小篭通電停と篠原電停の中間辺りになりますが、電車通りの南側に小さな祠があって傍に「春喜神社」小さい立て札が立っちょり、地元じゃ「春喜さま」してお祀りされちょるがです。この「春喜さま」と言う祠にゃ下記のような、伝説が伝わっちょります。土州皿屋敷長岡郡大津村と篠原の一本松との中央あたりに、電車線路小篭通りの停留所の付近に五畝歩ほどの田地が小...

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椙本神社・秋の大祭 - 御神輿は国の重要文化財「八角形漆塗神輿」

[ 高知県吾川郡いの町大国町 ]今日11月23日は「伊野の大国さん」として親しまれちょります、椙本神社の秋の大祭ながでした。椙本神社の神社年表によると創建は延暦12年(793)と記されちょりますき、平安遷都の1年前の今から1200年以上前に創建されちょる、古い神社ながです。商売繁盛、家内安全、五穀豊穣、病気平癒等に御利益があると、古くから信仰されちょります。 丁度今日は祭日ですき、境内は大勢の人が参拝に訪れちょりま...

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下崎神社 - 近郊他県からも祈願に訪れる安産子授けのパワースポット

[ 高知県南国市岡豊町小篭  ]下崎神社は、高知東道路と国道195号(あけぼの街道)が合流する小篭橋交差点の北東約500m程の所に鎮座しちょります。http://admin.blog.fc2.com/control.php?mode=editor&process=load&eno=2044#此処は、安産・子授け・子宝の神さんとして有名なお宮さんで、高知県内はもとより近隣他県からも祈願に訪れると言う、霊験あらたかなパワースポットながです。神社由緒昔此の辺りに下﨑寺と言うお寺があり...

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八頭神社・中津神社・石南神社 - 戦で亡くなった戦国武将を祀る

[ 高知県高知市本宮町 ]■ 八頭神社八頭神社は、新しい遷座地・本宮神社の参道右側に鎮座しちょりました。本宮神社 - 八咫烏がシンボル 2010-01-03紀州熊野三山の一つ・熊野本宮大社が本社ですき、境内社になって朱色の新しい祠になっちょりますき、八人の武将達の霊も喜んじょる事と思います。兜木神社の記事のコメントで内で、八頭神社の由緒はちっくと触れちょりますが、改めで記載しちょきます。八頭神社(やがしら じんじ...

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荒倉神社 - 奈良県吉野・丹生川上神社下社より御祭神・闇龗神を迎える

[ 高知県高知市春野町弘岡中 ]高知市内と春野町の境界にある、中村街道の新荒倉トンネルを南に抜けた、西方約1km程の荒倉山の麓に鎮座しちょります。 かつては吾川郡弘岡三カ村の総鎮守の神社であり、『春野町史』では「この社が、荒倉と呼ばれるような偉容の山塊(略)に宿る水の神の信仰であることは確かであって、事実現在も社の背後に清冽な水が豊かに湧出している(略)旱天には水が不足する。この時人びとは雨を求めてここ...

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野々宮神社 - 『東鑑(吾妻鏡)』にも記録がある野々宮の森に鎮座

[ 高知県香南市野市町西野  ]香南市役所から北に約1Kmの通称・東上野に鎮座しちょります。野神社(のかみしゃ)と八幡宮が合祭され、野宮とも野宮八幡ともいう旧村社のお宮さんながです。 野々宮神社御祭神 野槌神合祭 八幡宮二社(応神天皇・神功皇后) および野神社二社「由緒」  中世の野市の町は野々宮の森よりはじまる。今此森に鎮座するのが野々宮神社である。東に山獄空を凌ぎ南は大海原でありそしてその間に野市平...

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小野神社 - 御祭神は小野氏の先祖神で、丘陵に小野古城が築かれる

[ 高知県南国市岡豊町小蓮  ]小野神社古くより岡豊大明神とよばれ、小野の産生神であった。「延喜式」神明帳記載の長岡郡五座のうちの「小野神社」に比定される。祭神の天足彦国押人命は小野氏の先祖神で、「新撰姓氏録」に「小野朝臣 孝昭天皇皇子天足彦国押人命拇之後」とみえるが、伝承によると、命の子孫が縁あって当地に来住し、城山を本拠に発展、一族の守護神、また土地の産生神として祀ったという。天正16年(1588)の江...

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天石門別安國玉主天神社 - 式内社で天石門伝説の天手力男命を祀る

[ 高知県高岡郡越知町黒瀬  ]いの町から国道194号(高知市から愛媛県西条市に至る)を仁淀川沿いに約18Km行くと、仁淀川と支流の上八川川が合流する柳瀬上分の出来地にいたる。ここで道は、仁淀川沿いに県道18号(伊野仁淀線)と、支流の上八川川沿いに走る国道194号に分岐しちょりますが、そこからさらに国道194号を北に約800m行った所に、バス停・宮ヶ奈路と傍に「ラーメン 自由軒 伊野出来地店」があるがです。その丁度前辺り...

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鶴姫神社 - 高倉天皇の寵愛を受けていたが平清盛に流された姫

[ 高知県香南市香我美町山北  ]平安時代後期人皇第八十八代高倉天皇は大江匡則朝臣の御姫君御室御前を御妃として大変御寵愛なされていたのであるが平氏が台頭して清盛が大政大臣となり权盛並ぶもの無きになりたる時 己が姫徳子を中宮として宮中に参内せしめた後に清盛御室御前を憎みて終に土佐国に移される事になったのである御座船が岸本の浦にお着きなされた時不思議にも都よりひなつるが御あとを慕い来リて久しく宇田の松原...

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熊野神社 - 平安時代末期、豪族・八木氏が熊野三社を勧請

[ 高知県香美市土佐山田町新改  ]場所は、以前ご紹介しちょります新改古墳より北東に直線距離でおよそ300m程の所の、新改川北岸に鎮座しちょります。一番古い手前の一ノ鳥居には、「天保十三年壬寅九月吉日」と奉納日が刻まれちょります。新改古墳 - 6世紀後半から7世紀初め頃の高知県内じゃ最大級の古墳 2014-09-16 熊野神社 (市指定有形文化財)平安時代末、紀伊国から熊野三社を勧請し、南ヶ内(本宮)松本山(速玉宮)西...

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大谷神社 - 平安時代の『三代実録』にも記載されちゅう由緒ある神社

[ 高知県香南市野市町大谷下宮田 ]場所は、香南市の「のいち動物園」と「四国霊場第28番札所・大日寺」の間、金剛山西南麓の谷間に鎮座しちょります。 大谷神社「三代実録」に記載される国史現在社。本殿は天保7(1836)年、大工棟梁戸板島村の中村祐四郎清重の作品。旧暦六月十四日~十五日夏大祭に行われる「古式祭」はパンツ一丁五人の裸男が甑で焚いた蒸し飯にみそ田楽を添えた五膳を深夜本殿に供える古くからの祭りで町の有形...

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名護神社 - 伝承では清少納言を祀る

[ 高知県南国市稲生 ]稲生郵便局の前の路地を入っていくと、ちょっと雰囲気のある神社が鎮座しちょります。神社の名は「名護神社」と言い、伝承じゃと清少納言を祀る神社じゃとか・・・・・。【おなご様】について明治初期に書かれた山内藩政を調べた上げた書物に『皆山集』があり、それによると、《(南国市の稲生に)”なご谷”というところあり、清少納言の終の棲家であったことから、なご谷といへり。又、亡き後「名護大明神」...

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時光石宮 - 舟入川の工事に関係した神社で野中兼山を祀る

[ 高知県香美市土佐山田町中野  ]香美市土佐山田町を流れる舟入川沿いを自転車で走りよったら、玉垣に時計屋の名がこじゃんと刻まれた神社があったがです。 扁額にゃ「時光石宮」とあった。 「時光石(トキコウ石)」と何とも珍しい名前で、ファンタジー小説にでも出てきそうなネーミングじゃけんど、地元の人々は「とっこいしさん」と呼んじょるそうです。 拝殿手前右に、「祭神野中兼山先生」と刻まれた石柱が立っちょりました...

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恵比寿神社 - 古くから鎮座し長宗我部地検帳にも記録されちゅう

[ 高知県須崎市東古市町 ]説明板にゃ長宗我部地検帳に神社名が記録されちゅうとありますき、古くから恵比寿(蛭子)さんを祀る神社まがです。 今の社殿は何時の時代に建てられたのかは判らんけんど、宝永4年(1707)に発生した宝永大地震の際にゃ、津波で社殿が流出し再興をしたとは記録されちょります。八幡さんの社殿が流出したのも、この時です。須崎八幡宮 - 宝永の大地震の津波で御神輿が下田に漂着 2010-10-17 ...

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丹生神社 - 不老不死の仙薬が繋ぐ真言密教の水銀に関わる

[ 高知県土佐市宇佐町井尻 ]宇佐の宇佐大橋を渡った所に鎮座しちょります丹生神社です。勧請年月や縁起は不明じゃけんど、御祭神は罔象女命 (みつはのめのかみ)じゃそうで、昔は、丹生大明神(たんじゃくだいみょうじん)と言いよったそうです。ミヅハノメは、日本神話に登場する神である。『古事記』では弥都波能売神(みづはのめのかみ)、『日本書紀』では罔象女神(みつはのめのかみ)と表記する。神社の祭神としては水波...

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.糺鴨神社 - 京都下鴨神社の糺の森が糺鴨神社の名の由来

[ 高知県高知市須崎市東糺町 ]4~5年前まで、須崎小学校の校庭の北側に昭和40年頃に建てられたコンクリート造りの鉄筋3階建ての旧校舎があったがですが、現在、オンちゃんの通った学び舎は跡かたもなく取り壊され、跡地には須崎保育園が出来ちょりますが、その裏山の麓に糺鴨神社はあるがです。何十年振りかに訪れた神社周辺は、子供の頃の遊び場やった雰囲気とも可也変わっちょりました。 子供の頃は、こんな説明板もなかったし...

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弥勒大明神 - イボ取りの神さんとして有名なパワー・スポット

[ 高知県土佐市中島 ]高知市の方から国道56号が仁淀川に架かる仁淀川大橋を渡って、旧道の方に下って行くと右側に、お稲荷さんのような赤い鳥居じゃない普通の白木の奉納鳥居が沢山あるコンマイ(ちいさい)神社があり、鳥居に「弥勒大明神」とあ言う扁額が架かっちょります。 鳥居脇にある「百年祭」に建てられた石碑の由緒にゃ、下記のように記されちょります。 お弥勒様由来明治32年7月8日の台風により仁淀川は大洪水となる、...

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鑑雄神社 - 羽根浦の浦人達が恩人・岡村十兵衛を神として祀る

 [ 高知県室戸市羽根町  ]この鑑雄神社(かがみおじんじゃ)は、度重なる天災により餓死寸前の羽根浦の浦人達を救った義人・岡村十兵衛を神として祀った神社で、明治4年(1871)になって鑑雄神社として建立されちょります。岡村十兵衛と鑑雄神社岡村十兵衛は高知市布師田の人で天和元年(1681)2月に羽根浦へ分一役として赴任してきた。当時寛文、延宝と毎年台風や洪水、かんばつに見舞われ、苦しい生活であったので藩の御蔵米の払...

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葛木男神社 - 御祭神の葛木男と葛木咩って「織姫」と「彦星」に似たり

 [ 高知県高知市神田  ]国分川の右岸、高知刑務所の南の山裾に、葛木男神社は鎮座しちょります。ここも延喜式社・土佐之國二十一座の一社になる由緒ある神社ながです。 ただ現在は、同じく延喜式社・土佐之國二十一座の一社になる「葛木咩神社」も、昭和47年(1972)から合祀されちょります。 葛木男神社由緒祭神高皇産靈大神(たかみむすびのおおかみ)葛木男大神 (かつらきおのおおかみ)葛木咩大神(かつらきひめのおおかみ...

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石土神社 - 延喜式社・土佐之國二十一座の一社

[ 高知県南国市阿土字石土  ]南国市の石土池の西側に、この石土神社は鎮座しちょります。 拝殿脇の社号標にゃ「日本一社 延喜式神社 石土神社」とある。創建は定かじゃないけんど延長5年(927年)にまとめられた『延喜式神名帳』に記載されちゅう、延喜式社・土佐之國二十一座の一社になる由緒ある神さんながです。 御祭神の石土毘古命とは、神道における家宅を表す(または守る)六柱の神の総称・家宅六神の最初に産まれた神...

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鳴瀧八幡宮 - 伝承では第65代花山院が京都から勧請したとも言う

[ 高知県須崎市浦ノ内出見  ]場所は浦ノ内湾の北岸、浦ノ内地区の塩間と出目の境目辺りの、高台に鎮座しちょります。 ちょっと長い石段を上って行くと、拝殿があるがです。 鳴瀧八幡宮浦ノ内地区の総鎮守神である。祭神は誉田別命(ほんだわけのみこと)。春日神社須賀、猿田彦の二社をも合祭している。勧請年代など詳しくわからない。一説には人皇第65代花山院が京都から勧請したものと伝えられる。120余りの石段を上った高台...

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磐上神社 - 薫的和尚が最初に埋葬された地

[ 高知県高知市三ノ丸  ]三ノ丸の北斜面の下に磐上神社はあり、写真にもあるように一ノ鳥居の脇にある石碑にゃ土佐の”いごっそう”和尚さんと言われちゅう、「薫的大和尚之墓所」と刻まれちょります。と言うても、亡くなられて最初に埋葬された場所ながですが、現在でもこうして手厚く祀られちょります。 石段を上って行って二ノ鳥居を潜ると、境内の先に拝殿が鎮座しちょります。ちょっと前までは、この開けた場所にや社務所など...

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須賀神社 - 境内にある 「大谷の樟」は国・天然記念物

[ 高知県須崎市大谷・須賀神社  ]野見湾の奥の方、野見の東に大谷と言う地区があり、港から山側に約300m行った場所に野見・大谷の産土神の須賀神社が鎮座しちょります。その境内に大きな「大谷の樟」と呼ばれる樟(クスノキ)があるがです。 大谷の樟大正13年12月 国・天然記念物に指定樟の根元の周り約25m、樹高は約25mで、推定樹齢は約2000年といわれ、少なくとも四国最大の巨樹である。暴風のため大きな基幹の一部は折れた...

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八王子権現宮 -  御祭神はスサノオ命の五男三女の子供たち

[ 高知県安芸郡芸西村西分甲  ]拝殿は百段程の石段を上った所にあり、創建は不明じゃけんど御祭神はスサノオ命の五男三女の子供たちとか・・・・・。八王子権現は近江国牛尾山(八王子山)の山岳信仰と天台宗・山王神道が融合した神仏習合の神であり、日吉山王権現もしくは牛頭天王の眷属である8人の王子を祀った。神仏分離・廃仏毀釈が行われる以前は、全国の八王子社で祀られた。【 参考・引用 】  八王子権現 - Wikipedia...

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安田八幡宮 - 玉垣は国登録有形文化財

[ 高知県安芸郡安田町安田 ]安田八幡宮は安田町役場の道路を挟んだ西側にあり、『南路志』に「正八幡宮」と記されちょるのが、此処ながです。参道の玉垣は平成19年に国登録有形文化財に指定されちょります。高知県江戸/1830-1867石造、延長19m1基高知県安芸郡安田町大字安田2170登録年月日:20071205安田八幡宮登録有形文化財(建造物)神社参道の両脇に設けられた石造玉垣。間口4.6m、長さ16m、高さ0.6mで、親柱を9間に立て、...

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石土神社と石鎚神社 - どちらも同じ神さんで石鎚山は蔵王権現の化身

[  高知県高知市神田  ]坂本龍馬の家の守神・和霊神社のある神田地区にある、石土神社と石鎚神社のお話を・・・・・。漢字名は違うけんど、御祭神はどちらも同じ石鎚毘古命(石土毘古命・石鎚大神)で、石鎚山を神体山とする神社ながです。詳しくは判らんけんど、時代によって使われちょった字が変わっちょたようです・・・・。実は坂本龍馬が出藩する際に、「吉野の桜を見に行く」と行って家を出たのは御存じじゃと思うけんど、...

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稲荷神社 - 長宗我部元親が勧請し祀ったと伝わる浦戸の産土神

[ 高知県高知市浦戸 ]浦戸大橋の下と言うた方が判りやすいと思うけんど、桂浜の近にある浦戸漁港の直ぐ東隣に鎮座しちょります、旧郷社の稲荷神社ながです。 長宗我部元親の母が京都伏見稲荷を信仰していたことから、元親が勧請し祀ったと伝えられちゅう、浦戸地区の産土神として、信仰されちょるそです。御祭神は、宇迦之御魂神(京都伏見稲荷の主祭神)と建速須佐之男命と大市姫命の三神とか。建速須佐之男命とは『古事記』に...

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天忍穂別神社 - 饒速日命が石舟に乗り飛来したと伝わる「石舟さま」

[ 高知県香南市香我美町山川字スミガサコ  ]香南市香我美町の香宗川上流に、この「天忍穂別神社(あめのおしほわけじんじゃ)」はあるがです。当ブログでも、「石船神社」とか「石舟神社」と書いちょるのが、この「天忍穂別神社」ながですが、地元じゃ「石舟様」と言った方が通りはエエですき。 郡頭神社でも書いたけんど、 伝承じゃ祭神である父の天忍穂耳尊を追って、子の饒速日尊が石舟で飛んで来たと伝わる神社ながです。郡...

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伊都多神社 - 前浜の伊都多神社から勧請したと言う

[ 高知県南国市田村 ] 此処が、2014.12.08に御紹介した南国市前浜にある伊都多神社の御祭神(二女)・伊豆那比咩命の妹神(三姉妹の三女)が御祭神じゃと言われちょります、南国市田村にある伊都多神社ながです。伊都多神社 - 御祭神は三嶋神が龍神から救った三姉妹の一人か 2014-12-08前浜にある伊都多神社から北北東に約2.5Km、高知龍馬空港の北側になります。人間でも幾ら兄弟姉妹じゃ言うても不仲な話はよう聴くけんど、神...

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伊都多神社 - 御祭神は三嶋神が龍神から救った三姉妹の一人か

[ 高知県南国市前浜境目橋詰 ] 高知龍馬空港のある南国市前浜から、西は高知市との境の十市辺りまでの土佐湾沿いの海岸線に、東西に海抜5~10m位の砂丘が連なっちょるがですが、伊都多神社もその砂丘地の上に鎮座しちょる御宮さんながです。 御祭神:伊豆那比咩命由緒:勧請年月縁起沿革等未詳当社は古来より前濱村並に三和村のうち細工所中ノ丁東場地区の惣産土神なり。室町時代長禄2年(1458)戌年卯月5日土州安芸郡和食村庄大...

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王子宮 - 古式捕鯨「津呂組」の栄えた地の産土神

[ 高知県室戸市室戸岬町 ]この地区の産土神で王子権現と言いよったけんど、明治元年3月に明治の新政府が、神道の国教化政策を行うために神仏習合の慣習を禁止しようとして発令された「神仏分離」によって、「王子宮」と改称されちょります。御祭神は天照皇大御神。写真の鳥居左にある細長い石柱にゃ、赤文字で「奉寄進 南極捕鯨船団一同」とある。この室戸は、藩政時代にゃ古式捕鯨と呼ばれる伝統捕鯨が盛んな所で藩営の「津呂...

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八州大膳神社 - 八州大膳狸は伊予松山の総帥狸・隠神刑部の客分

[ 高知県高知市五台山 ]昭和32年に出版された『土佐奇談実話集』のP235に、下記のようなお話があるがです。八州の狸  (五台山)長岡郡五台山村(現・高知市)の八洲の「狸さま」は下田堤に小さな祠があったが、戦争中に花柳界の人達が喜捨して立派な堂と鳥居ができ、また裏の池の中には「浮御堂」もあってここで宴会をすると御利益があるというので一時は料理屋のようになっていた。幕末、長岡郡稲生村に亀作と云う馬鹿者があ...

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